4-2

「ケータさん、そろそろ……」

「そうだな。こんな場面を看守に見られたら作戦失敗だ」


 監房の中に同じ顔をした女がいたら、どう見たって異常事態だとわかる。


「その、ありがとうございます」

「なにかしたか、俺?」

「ケータさんいつも以上にふざけてました。それって俺の緊張をほぐすためっすよね」

「勘ぐりすぎだよ」


 こういうのを部下に悟られてしまうのは非常に恥ずかしい。

 だから、オイラーの問いに対して首肯するわけにはいかなかった。うん、あくまでそんなことないよ? のスタンスを貫き通す。

 まぁ、察しのいいオイラーにはそれすらも見破られているのだろうけど。


「あはは、勘違いでしたか。でも最後にそれだけ言いたくて」

「最後なんて縁起もないこというな。またこのあと合流するんだから。じゃあ、俺が先に出るぞ。一五分くらいしたらオイラーも作戦を開始してくれ。んじゃ、また後でな」


 俺はオイラーに手を振って監房を後にする。

 ここに留まってオイラーと話すことができたらどれだけ楽か。でも、俺たちはここを出ると決めたのだ。だったらもう一歩を踏み出すしかない。

 ——作戦の第一段階はこうだ。

 俺とオイラーがエルシィの姿に変装して看守と接触する。どうしてエルシィの姿なのか、それは察しのいい人間ならすぐに分かることだ。いくら作戦のためとは言っても、彼女には本当に申し訳ないと思っている。

 でも、やるしかない。このあとエルシィにはちゃんと土下座して許しを乞うつもりだ。


「あ、あの……」

「あーフレイヤさん。どうかした?」


 俺がこれからやることは本当に最低なことだ。


「そ、その……二人でお話しできませんか?」

「話……って」


 看守は訝しそうな顔をしている。いきなりこんなことを言われたら警戒するだろう。だが、男というのは悲しいくらいに単純な生き物なのだ。俺はすかさず看守の手を握る。


「だめ……ですか」


 そして、上目遣いで看守を見つめる。


「っく!」


 男だからこそ、男が望んでいることは手に取るように分かる。


「す、少しだけだぞ」


 落ちた。こんな美女に迫られて落ちない男などいるわけがない……いや、訂正。おそらくゼインには効かないな。

 俺は看守を水浴び場の方まで誘導していく。


「別に俺の部屋でもいいんだぜ?」

「いえ、……その、外の方が興奮するので……!」

「見かけによらず変態さんだね」


 看守の男は鼻息を荒くして、こちらにぴったりとくっついてくる。

 エルシィ、本当にごめん!


「あ、あそこの岩陰なんてどうですか?」

「早く行こう」


 看守はもう色んな意味でギンギンのようだ。

 もう、この状況の不自然さなどには全く目がいっていない。


「じゃあ、始めましょうか」


 岩陰に到着。周囲には人の姿はなく。物音一つしない。確かに隠れてエロいことをするのにはもってこいの場所だ。

 まぁ、それ以外のことをするにもおあつらえ向きの場所でもあるんだけどな。


「ち、ちくしょう……! 辛抱きかねぇ!」


 男はかちゃかちゃと音を立てながら、おぼつかない手でベルトを外そうとする。

 もうちょっと落ち着けよ……なんて思ってしまうが、こんな女日照りの場所で禁欲生活を送っていたら我慢もきかなくなるか。


「悪いな」

「…………へ?」


 同じ男として同情はする。ここまできて、何一つエロいことも出来ずに苦痛だけを味わうのだから。俺は変装能力を解除した。いきなり男が現れたので、看守は唖然としている。


「うおりゃ!」

「ぐはっ!」


 不意打ちの先制パンチ。

 男らしさは皆無だが、能力を使われてしまったらたまったもんじゃないからな。


「ちょっくら寝ててくれや」

「こ、これはどういうことだ!」

「脱走だよ」


 男が体制を整える前に絞め技を使わせてもらう。

 いくら看守といっても、雇われているだけなので殺すのは忍びない。

 最初はジタバタしながら抵抗していたが、徐々にその抵抗は弱まっていき、数秒ほど経過すると完全に意識がなくなった。


「……ふぅ、まずは一人」


 別の岩陰に隠していた縄を取りに行く。

 今からこの男を縛り上げる。だが、そのまえにやらなければいけないことがある。


「さてさて、どこかな……」


 男の制服のポケットを物色する。

 今日のシフトが変わっていない限りは持っているはずだ。


「あった」


 俺は胸の内ポケットから鍵束を見つけた。

 これが必要としていたもの『監房の扉を開け閉めできる鍵』だ。今回の脱出をする上で絶対に必要なもの。収容所に来てから、看守たちのシフトを常に確認していた。誰が、いつ、どこで、何をするのか。それを記録していくうちに、ある程度の法則が浮かび上がってくる。

 この看守は今日の見回り担当者だ。

 それぞれの監房の扉を閉め、中にきちんと囚人がいるか点呼する役割。だから、この看守を狙い撃ちにした。もちろん、見回り担当の看守は一人だけではないが、その中でもこいつは一番若く、持っている能力もそこまで強くないことが調査済みだ。


「ふぅ、ここまではうまくいってるな。じゃあ次はやりたかねーけど……」


 俺は男の服を脱がし始めた。

 違うからな、本当にそういう趣味とかじゃないからな! この後の作戦でこいつの姿に変装している必要があるんだよ! 

 だから、どうしてもこの男の身につけている制服を手に入れなければならない。


「あぁ、なんだか泣きそうだ」


 何が楽しくて男の服を脱がさないといけないんだ。しかし、ちょっとした収穫もあった。エルフのちんこは小さい。看守のパンツを脱がしボロンと出てきたソレは小さかった。

 ふふふ、エルフ男性のアレが小さいということは、エルフの女性はまだ大きなものを経験していない可能性が高いということ。俺のビッグマグナムが火を噴くぜ。


「はぁ……、男の裸を見ても虚しいな」


 看守の服を脱がせ終わったので後は、逃げられないように縄でしっかりと縛る。

 声を出されないように口にも縄をしっかりとあてがう。


「む、むごいな……」


 こうして全裸の状態で縛られた男が出来上がった。うん、ちょっと可哀想ではあるけど……すまん、これも作戦のためなんだ。両手を合わせてしっかり謝っておく。

 で……だ。俺は水面に映った自分の姿を見てうんざりする。そこに映し出されているのはワンピースを着た二四歳の成人男性だ。まぁ、俺なんだけど。


「おえ……」


 我ながら気持ち悪い。俺はイケメンで、ハンサムで、格好良くて、美形だが、さすがにこの姿は受け入れ難かった。

 しかも、サイズが合うわけもないのでところどころ破れかけてしまっている。これでは服を脱ごうとしたら完全に破れてしまうだろう。


 やれやれ、エルシィに謝らなければならないことがまた一つ増えてしまった。

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