第12話 その巡礼の準備を
お昼前の廊下。日は高く人はいない。皆は奉仕活動で街に出ているのだろうか。もしくは裏の畑の世話をしているかもしれない。
日が差して明るい廊下の上で両手を見る。魔王の呪いでは力は手に入らない、と神父様は言っていた。
では、この感じはなんだ?
心の奥底で感じる違和はなんだろうか?
恐怖よりも好奇心が勝つ。理性よりも衝動が働く。試してみたい、と。
『笑う魔王』の力
『超能力』とはなんだろうか
これの記憶はある。この力の知識はある。使い方も知っている。使ったらどうなるかは分かっている。
あの悪夢も覚えている。どんな使われ方をしたのかも。どうして魔王と呼ばれたかも。知っている。
子供が初めてナイフを持った時の高揚に似たソレが、とても危うい事も分かっている。
それでも使ってみたい。
好奇心と衝動が抑えられない。
だが、この教会で試す訳にはいかない。人目の付かない場所は無いか考える。
と、ふと思いつく。裏の畑から森に抜けよう。壁に囲まれた都市だが、裏の森に抜ける為の裏門がある。いつもは、森の薬草や薬の素材を回収するために使われる門だが、ちょっとだけこっそりと抜け出そう。
教会の裏にある畑をこっそりと抜け。鉄製の裏門を出るとすぐに森の中、ではなく。ちょっとした広場があり、道具置き場や捕った獲物の簡単な解体が出来る場所でもある。
鬱蒼とした森…程でもない裏の森。人が入る事が前提で整備されているので、それほど見通しは悪くない。
しかし、大きな木が乱立する森は死角が多いので、こっそりと実験をするにはうってつけだろう。
「あの実は」
ふと上を見ると、青い実が成っているのを見つける。
『ガルプの実』賢狼ガルプが好んで食べていた事でその名が付いた樹の実だ。
熟すと青紫色になるソレは、とても甘い美味しい木の実である。
しかし、熟す前の青い実はとても渋く。猿も食べない程だ。
「ガルプは青い実が好きだっけ?」
その渋い木の実をよく食べていたガルプは、賢狼と呼ばれていて。知識や予言を人間に授け助けた、という御伽噺に出てくる大きな狼である。
「もしくは、この魔王と同じ世界の住民だったりして」
丁度いい。練習を兼ねてアレを取ろう。
記憶を頼りに両手を上に突き出す。使い方は分かっている。
力を込める。
前頭葉のところだろうか?
頭が熱くなる。
更に力を込める。
木の実が淡く光った。
もうちょっと力を込める。
頭が痛くなる。
木の実が揺れだした。
頭が割れそうだ。
ボトリ。
と木の実が落ちて来た。鼻の下が濡れている。鼻血が出た。それでも俺は、ソレが気にならない程の歓喜に包まれていた。
あの力だ!あの圧倒的な力が使えた!
鼻血を垂れ流しながらも、嬉しそうな顔は歳相応な幼さを残している。しかし、思考の半分以上が魔王のソレに染まっているのに気付かなかったのである。
落ちた木の実を齧る。あまりの渋さに顔がひしゃげ、ふと、思い出す。この舌に纏わりつく渋みは、渋柿と同じ味がする事を。
「タンニンが取れそうだ」
タンニン。
古くは、木材も防腐剤として使われていた。木材が腐るのを防ぎ。防カビ、防虫効果ある。とか。
「後は、皮を鞣す時に使う、んだっけ?」
渋くなってムニュムニュする口で呟く。うがいしたい。青柿ならぬ青ガルプを見ながら思う。コレが知識の利用か、と。
しかし、この実から実際にタンニンが取れるか分からないし、この世界のカビがタンニンで防げるかも分からない。そもそも、他の木の実で代用しているかもしれない。
そう考えると、スポンサーの件が難しくなりそうだ。前の魔王から抜き出した知識が、かぶる事も考えるとなおのこと。
そう思いながらも、今は出来る事をしようと、青いガルプの実を集める為に手を伸ばす。
木の中から、ガサリ、と音がした。
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