第11話 立ち向かうのは勇者か

 逃げる事は出来ない。

 だが俺は勇者では無い。

 孤児院に住んでいる、ただの孤児である。


「そこまで難しく考えないで下さい」


 神父様が心配そうな顔でコチラを見ている。今の俺は泣きそうな顔をしているのだろう。

 甘い考えだった。先が見えない旅は、それだけでも恐怖だ。逃れる事の出来ない巡礼である。


「神父様」


「今、教会の本部に手紙を書いてます。仲間とスポンサーを集める為に」


 ハーブティーを飲んでいた時に何かを書いていた。あれだろうか。


「仲間…」


「そう。冒険者や傭兵を雇うのも良いですが、背中を預ける仲間も必要です。かつての私の様に」


 そうだ。目の前の神父様は、かつて巡礼を経験している。経験者が仲間ならこの上ない力だ。この教会は本部から変わりとなる神父を呼べば。


「そうだ。神父様も一緒に」


 しかし、話終わる前に遮られる。


「私は駄目です」


 にべにもなく断られる。語彙がやや強く、表情は硬い。一体どうしたのだろうか。


「どうして」


「この場所を長い間離れる事はできません。それに、監視も付いてますので」


「監視?」


 この教会でそんな雰囲気も気配もなかった。監視が必要なほど、この神父はそんなに危険な人物だったのだろうか。


「ええ。旅の長い間にあの人から受けた知識があります。中には出してはいけない物も」


 魔王の記憶に覚えがある。


「アレら、ですか」


 火薬。薬物。化学兵器。思想。他にも様々な危険な知識も含まれる。アレがもし世に出てきたら混乱は避けられない。死人もいっぱいでるだろう。それこそ魔王と戦うよりも。


「おや。もうそこまで刷り込まれましたか。フフ。よっぽど魔王に気に入られてますね」


「冗談はよして下さい」


 コチラをからかい、硬い表情を和らげ笑う神父。この人が動けない理由も状況も分かった。残念だが仕方無いだろう。


「失礼」


 話題を変える為に咳払いを一つ。空気を変える様に明るく話し出す。


「どちらにしてもまだ先の話です。教会の応援が来るのも、スポンサーを探すのも、ね。巡礼は貴方が成人するまで待ちましょう」


 この国の成人は15歳からだ。後2年くらいあるが、間に合うのだろうか。


「時間は大丈夫でしょうか」


「おそらく…。しかし、最低でも5年はあります。体を鍛えるのも良し。情報を集めて場所を特定するのも良し。時間は有効に使いましょうか」


「はい。神父様」


 頷きながら答える。2年以内に自分が出来る事を探し、実行しなければいけない。


「うん。じゃあ他に聞きたい事はあるかな?」


「いえ。…また聞きに来ても良いですか?」


 忙しい神父様には申し訳ないが、後から出てくる疑問もあるだろう。


「いつでもおいで。このドアはいつでも開いている」


 温かな言葉に涙が零れそうになる。やはりこの神父は俺の父なのだ。


「ありがとうございます」


 足元でずっと転がっていたコップを神父に渡し、一礼して外にでる。すぐにカリカリと漏れ聞こえるのは、先程言っていた手紙を書いているのだろう。


 昼前で人がいない廊下を歩く。いつの間にか魔王の記憶と一緒に中に入り込んだ違和感を声に出して意識する。


「魔王の力。破壊と破滅を産んだ元凶。『超能力』…か」

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