第10話 魔王からは逃げ切れない

 ああ、そうだ。


 神父は思い出したかのように掌に拳をポンと叩く。コチラの世界にもあるのか。その動作。


「呪物なのですが」


「はい」


 答えながら視線を石から神父様に戻す。


「別の人に渡す事が出来ますよ」


「へ?」


 思わずポカンとした顔になってしまう。そんな顔が面白かったのか笑われてしまった。ゴホンと咳払いし誤魔化す神父。


「失礼。呪物には人に譲渡する事が出来る物があります」


「ああ、そいえばこの石は旅人から貰いました」


 街道で薪拾いの最中。黒髪の見知らぬ人から貰ったのだ。

 よくよく考えると怪しさ満点なのだが、あの時は考え無しに貰ってしまった。


「はい。おそらく、その人も巡礼をしていたのでしょう」


「ならば何故?」


 せっかく適性があったのに。もったいないのでは無いだろうか。


「さあ。正確な事は分かりませんが、おそらく疲れたのでしょう」


「疲れた。ですか」


 確かに、やややつれていた様な気がする。よく見る前に森の奥に消えて行ってしまったが。


「『巡礼』は呪物を元の持ち主に返すのが目的です」


 またも、人差し指を立てながら話し出す神父。気に入っているのだろうか。


「しかし、呪物との相性が悪いと場所の特定もおぼつかない。そうなると、ヒント無い中で手探りで探さないといけません」


 この旅は、魔王の記憶にさいなまれながら。霧の中を歩く様な物である、と。


「それに、数百年前の魔王になると、色々な物が変わってますので」


 この巡礼は、魔王の記憶だけでは辿り着かない。過酷な『旅』なのだ。


「貴方の様に、ほぼ答えが出ているのは稀なのですよ」


 だからだろう。神父がそこまで焦って無いのは。すぐに終わってしまう旅。約束された勝r…コレはマズイか。


「あの時は大変でした。聞いたことが無い地名。存在しない地形。変わってしまった環境。星図から方角を割り出せたのは幸運でした」


 昔の記憶を思い出しているのだろう。腕を組みウンウンと頷きながら呟く。そう言えば、見た目は若いが歳は幾つになるのだろうか。


「あの、神父。『笑う魔王』もだいぶ古い魔王と言ってましたが。もう色々と残って無いのでは?」


「大丈夫です。『笑う魔王』程の魔王は他に居ません。文献や伝承、記録は沢山残ってます」

「それに、滅ぼされた帝国の名前と、特徴的な地形も分かるのでしょう?」


 大昔とはいえ、大帝国の首都であったし。削り取られた山脈に、抉られた帝都。なるほど、分かりやすい地形と言える。


「それでも、もし分からなければ、誰かに押しつければ良いのですね」


 この石を譲った男は、黒髪で、それと言いった特徴の無い平凡な男だった。森に行ったのは罪悪感からだろう。


「いえ。巡礼の失敗は死で報われます。その男性は発狂して死んだでしょう」


 さらっと言ってのける神父。


「え?」


「忘れましたか?その石は、呪われているから呪物と呼ばれているのですよ」


 魔王から逃げる事は出来ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る