第4話 奇妙な生き物
「仁様っ!ご無事ですか?」
ドアを壊す勢いで入ってきた伊勢崎に、すかさず平気だと仁は返事を返す。
「どうやら先程の雷が落ちた様で、離れの裏の木が数本倒れました。他の者は安全を考慮して既に帰してあったので無事なのですが・・・」
「そうだったのか・・・配慮に感謝する。伊勢崎は・・・離れは大丈夫なのか?」
「えぇ。幸い他の者たちと窓やドアを強化しておりましたので、離れも私も無事です。ですが、仁様が心配なので今夜は本館で寝泊まりさせて頂きます」
「心配・・・そうか、感謝する。そう言えば、先程・・・」
そう言いかけた時、一階から派手に割れる音がして言葉を遮られる。
その音に伊勢崎と窓が割れたのかもしれないと、急いで一階へと向かう。
その音は鳴り止む事はなく、奥のキッチンから聞こえ、伊勢崎が獣かもしれないと廊下脇にある用具室から箒を取り出すと、仁も念の為にと箒を手に取る。
なるべく音を立てないように2人で奥へと近づき、そっと扉を開け、その光景に2人は足を止め、息を飲む。
決して大柄でもないその体は所々くすんでおり、長く伸びた髪の毛は地面に付いていた。
そして、無我夢中で冷蔵庫の食料を食い漁っていた。
後ろ姿ではあるが、それが人ではない事がわかる。
何故なら、ボサボサの長い髪から見える頭に生えた鋭い2本の角が、人ではないと物語っていたのだ。
伊勢崎は仁の前に手を翳し、後ろへと合図するが仁はその光景から目を離せず、体は固まったように動かなかった。
伊勢崎は諦めたのか、小さくため息をついた後、意を決したように静かに箒を振り翳しながら、それに近付くためにゆっくりと足を踏み出した。
その瞬間、気配を察したのかそれがゆっくりと唸り声を上げながら振り返る。
長く伸びた前髪の隙間から見える薄い赤い目が、こちらを睨みながらきらりと光る。
そして、食べ物を咥えたまま、両手を地面につき、低い唸り声を上げ続ける。
その赤く光る目が合った瞬間、仁の鼓動が大きく跳ね、激しく打ち鳴り始めた。
息もしづらい程、心臓が激しく鳴る。
そして、頬を伝う熱いもの。
「仁様、動いてはなりません。これは恐らく山に住んでいるあの鬼です。合図を送るので、仁様はその合図ですぐさまこの部屋を出て2階へ上がってください」
「だ・・・だ・・めだ」
「仁様っ!これと関わってはいけません!もう人であった事を忘れた、ただの獣です!」
「ち・・・違う・・・違う。獣でも、鬼でもない」
息をするのも苦しいくらい胸が締め付けられるのに、声を出すことをやめられない。
「傷付けないでくれ。何故かはわからないが、俺はこの人の側にいたいのだ」
仁はそう言いながら、ゆっくりと足を前へと出す。
鬼は相変わらず唸り声を上げ続けるが、仁はそれに怯む事なく歩み寄り、手を伸ばす。
その仕草に鬼は、口から食べ物を落とし仁へと飛びかかる。
「仁様っ!」
「来るなっ!」
慌てて駆け寄る伊勢崎を静止しながらも、仁は鬼から目を離すことはしない。
「グルルル・・・・」
鬼は仁に馬乗りし、自分の手足で仁の手足の自由を奪う。
大きく開いた口からは鋭い牙が見え、涎が垂れるが、仁はそれさえも心が踊る感覚を得る。
「やっと会えた・・・ずっと探していたんだ・・・」
そんな言葉が溢れる。どうしてこんな気持ちになるのか、どうしてこんな言葉がこぼれるのか、そして、恐らく「悲しい涙」を流しているであろう自分に疑問を覚えながらも、体の奥から湧き上がる感覚を抑えきれない。
「すまなかった・・・本当にすまなかった・・・会いたかった・・・」
言葉がとめどなく溢れる。
目の前で涎を垂らしながら唸る鬼に、ただ会いたかったという言葉とすまないという言葉が繰り返し出てくる。
「愚かな私を許してくれとは言わない。ただ・・・ただ、お前のそばにいたい。私を覚えていなくても、憎まれても構わない。ただ、今度こそお前のそばにいたい。そばにいる事だけ許して欲しい・・・愛しているんだ・・・愛している、
その名が出た瞬間、鬼の唸り声が止まる。
そして力が緩んだ瞬間、仁はそっと鬼へと手を伸ばす。
「そう・・・君は結弦だ。私が心から愛した人の名前。それが君の名前だ」
そう言いながら鬼の頬に触れる。
その温もりに驚いた鬼が仁の腕に噛み付く。
「うぅ・・・」
痛みに漏らす仁の声と被さる様に、ズドンと鈍い音が聞こえ、目の前の鬼がゆっくりと倒れる。
「結弦っ!?伊勢崎っ!」
倒れ込んでくる鬼を支えながら、音のした方へと視線を向けると銃を持った伊勢崎の姿が入る。
「獣用の麻酔銃です。強力なので、しばらくは起きないでしょう」
「麻酔銃・・・」
「仁様、まずは手の手当てをしましょう。鬼は・・・結弦樣は安全の為に空き部屋に鎖で繋ぎます」
「ダメだっ」
「いえ、そうしなければなりません。仁様も本当はまだ記憶が曖昧で戸惑っておいででしょう?それに、結弦様は仁様を・・・正確には尚之介様を憎んで自ら鬼になりました。記憶を失った今はただの獣、例え記憶を取り戻しても、それは絶望と憎しみを味わう事になるのです。ですから、今を生きる仁様の為にも、結弦様の為にも繋いだ方が良いのです」
伊勢崎は冷静に言葉を返しながら、いつの間に持って来たのか鎖を慣れた手付きで鬼へと巻きつける。
「結弦様が小さいままで良かったです。仁様、先に結弦様を2階へ運ぶので、怪我した手を洗い、止血した上で部屋へ戻っていて下さい」
伊勢崎はそう言いながら、仕留めた獣を運ぶかのように鬼を肩へと担いだ。
「伊勢崎・・・鎖で繋ぐのなら、俺の部屋にしてくれないか?」
仁の縋るような声に、伊勢崎は小さくため息を吐き、頷くと無言で二階へと足を進めた。
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