第33話
「お話ありがとうございます。その話を参考に、今起こっている問題を何とかしてみます」
優花のスマホを通して、東堂は香織にそう伝えた。
香織は優花たちに何が起こっているのか、これからどうなるのかが気になったが大人しく引き下がる。
地元を離れて東京にいる自分には妹のためにしてあげられることが驚くほど少ない。
「夜また電話するね。その時、何が起こったのかゆっくり聞かせて」
優しい声色で優花にそう伝えて、香織は電話を切った。
優花は複雑な気持ちだった。
惠美子ちゃんは……ずっと私を待っていたの?
香織の説明を聞く限りそう思う。
思い出すのは音楽室で初めてあのピアノの音を聴いた時のことだ。
耳に聞こえたエリーゼのために。
それまで一度としてオカルト的な何かを体験したことなんてなかったのに、あの音だけははっきりと聞こえていた。
あの音は……私に向けられたものだった?
それに気づいてあげられなかったから惠美子ちゃんは怒ったのだろうか。
倒れる瞬間の情景が目に浮かぶ。
優花の目には惠美子の姿は映らなかった。
ただぼんやりと、影のようなものを見た気がする。
あの影は怒っていたのだろうか。
いつまでもピアノを一緒に弾こうとしない自分に怒りを向けてきたのだろうか。
「あの……」
おずおずと手を挙げたのは雪乃だった。
その手は微かに震え、発言をするのに彼女がどれほどの勇気を振り絞ったかが滲み出る。
全員の視線が雪乃に向いた。
その注目にややドギマギしながらも雪乃はなんとか口を開く。
伝えておかなきゃればいけないと思ったことをしっかりと口にできるようお腹に力を入れる。
「惠美子さんは決して怒ったわけではないんだと思います。優花さんが倒れたあの時、私の耳に聞こえたのは『どうして……』という言葉でした。……怒っているというよりは我慢していたのが爆発したような……それでいて少し寂しさが残るような声に聞こえました」
最後の方、だんだんと雪乃の声は萎れていった。
そう感じた、というあくまで主観的な話で確信はない。
そこにある不安のようなものが浮き出るかのように雪乃の声は小さくなっていく。
「僕もそう思う」
南野が言った。
雪乃が僅かに上げた視線が南野と合う。
南野は雪乃の言葉を裏付けるように言った。
「僕にも惠美子さんが怒ってあるようには見えませんでした。もっと悲しそうな、悲痛な表情で叫んでいるように見えました」
その言葉に雪乃はホッとする。
もしかすると、自分を自信づけるためにこのタイミングで発してくれたのかと思いもう一度南野の顔を見た。
今度は不自然な間の後で目を逸らされてしまう。
まっすぐに見つめてくる雪乃の視線が南野には恥ずかしかったのだ。
二人の話を聞いて東堂は頷いた。
顎に手を当てて何かを考えているような素振りを見せる。
それから顔を上げる。視線が七海、雪乃、優香、南野と時計回りに一巡する。
「音無という昔の裏生徒会メンバーの真意はわからない。何故昔の起こった二重奏の話を調査記録に記さなかったのか、それからこれを俺たちに向けた『課題』と呼んでいる点。気になることはいくつかあるが、今は目先の問題を解決するのが最優先だろう」
木村惠美子に悪意があったのか否かは現状ではわからない。
ただ、雪乃と南野の話を聞く限りそこに何らかの「感情の爆発」があったのは確かだ。
葉山香織の話の通りなら、木村惠美子は五年もの間ずっと葉山優花のことを待っていた。
待ち続けるのは根気がいる。もしかしたら、早々に何とかしないといけない問題なのかもしれないと東堂は思った。
「もう一度、音楽室に行くぞ」
東堂のその一言に生徒自治会室にいた全員が首を縦に振った。
♢
「うーん……今回の事件、私の出番はなさそうだなぁ」
音楽室に向かう途中、そう呟いたのは七海だった。
東堂を先頭に、後ろに南野と優花。
その後ろに七海と雪乃が並んで歩く。
距離的に、その言葉は独り言でも他の誰かに向けられたものでもなく、自分に話しかけたものだと雪乃は理解した。
「雪乃ちゃんはすごいよね。ピアノの音も聞こえるし、惠美子さんの声も聞けて。初めての怪異調査なのに大活躍だよ! それに蓮くんも。私は蓮くんほどはっきりとは見えないし、音も聞こえないから今ひとつ何もできてないんだよなぁ」
七海の口から漏れ出る言葉は決して嫌味たらしいものではない。
純粋に雪乃の南野を誉め、そのうえで何もできない自分を歯痒く思っている。
本来なら幽霊に対し物理的な手段を取れるのが七海の強みである。
しかしながら、今回のケースに物理的な方法は必要ない。
相手は木村恵美子という女子生徒。相談者の葉山優花が慕っていた相手だ。
いくら幽霊になっているからといって優花の前で惠美子を殴り飛ばすわけにもいかない。
七海とて、決して幽霊を相手に大立ち回りをしたいと思っているわけではない
ただ、新しくできた後輩二人、特に同性の雪乃に良いところを見せたいと気負っている節があった。
「でも、優花さんが倒れる時に飛び込んだ七海先輩。とてもカッコよかったです」
七海の隣で雪乃が呟く。
フォローしようとか、励まそうと思っているわけではなく自然と口を出た本心だった。
取り繕った言葉ではないからこそまっすぐに七海に届く。
「えへへ、そうかな?」
と少しばかり頬を赤らめて、七海は頭をかくのだった。
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