第26話

集合場所はそのまま音楽室の扉の前だった。


自転車ではなく歩いてゆっくりと登校したことで、学校に着いたのは集合時間の二十分ほど前。


遅くもなく、早すぎもしないちょうど良い時間に着いた。


二人は昇降口を通り上履きに履き替えた後、特別室棟の方に向かう。


グラウンドでは運動部の活気ある声が絶えず聞こえる。


休みの日でもこんなに元気に活動しているのか、と雪乃は他人事のように感心した。


あれ、午前中は部活動はお休みなんじゃないっけ。


東堂の言葉を思い出しながら自問する。

そしてすぐに


あ、『点検の業者が入る』が理由だから外の部活は関係ないのか。


と自己解決した。


「七海……先輩はソフトボール部ですよね?」


音楽室に向かう途中、雪乃はそう尋ねた。

七海は頷く。

雪乃の端的な質問でも何が言いたいのかを察してくれたらしい。


「私は裏生徒会と兼部してるからね。裏生徒会の活動は毎日あるわけじゃないし、何か起こった時はこっちを優先してるの。練習は午後から参加するよ」


返ってきた答えに雪乃は目を丸くする。


つまり、一日中学校で何か活動してるってこと?


普段の休みの日は家でゴロゴロと怠惰な時間を過ごしてしまう雪乃には信じられない。


まるで、積んでいるエンジンが違うと思えるほどの活動量だ。


渡り廊下を抜けて特別室棟に入る。

音楽室の前まで行くと東堂と南野はもう来ていた。


「おはようございます!」


と元気よく挨拶する七海に釣られて雪乃も「おはようございます……」と小声で挨拶する。


東堂は「おう」と短く答え、南野は直前まで起動していたであろう携帯ゲーム機をポケットにしまいながらペコリと会釈した。


二人の他にもう一人生徒がいる。

黒髪のショートカット。前髪がやや目にかかるくらいの長さの大人しそうな女子生徒だ。


小柄で童顔。

雪乃も背が低い方でどちらかといえば童顔な方だが、さらに幼く見える。


桐生東の制服を着ていなければ高校生とは思わなかったかもしれない。


リボンの色は雪乃と同じだった。


「相談してくれた葉山優花ちゃんだよ」


と七海が教えてくれる。

その紹介に合わせるように優花が軽く会釈するので雪乃も釣られて会釈を返した。


優花の表情はやや曇っている。

心配事を抱えているようで、不安の色がありありと浮き出ていた。


ここに彼女がいることと何か関係があるのだろうか。


説明を求めるように雪乃の視線は東堂に向いた。


「観客……兼、審査員役だ」


と東堂が短く答える。


昨日旧校舎の生徒自治室で今日のことを取り決めた後、東堂は一人で考えを巡らせていた。


木村惠美子はコンクールに出たがっている。


彼女は毎日本気で演奏をしているがそれを聞いてくれる人、評価してくれる人がいないからコンクールとして満足できない。


それが裏生徒会の打ち出した仮説だ。


観客の役割を任されたのは雪乃。


幽霊の声が聞こえるという能力を持つ雪乃には木村惠美子の奏でるピアノの音色も聞こえた。


だが、それだけで足りるのか。


雪乃がいれば観客の枠は埋まるはず。

一人しかいないという不安点はあるが、「音楽を聴いてくれる人」という条件は満たしているはずだ。


あと足りないのは「評価をくれる人」。


音楽を評価するにはそれなりに音楽に詳しくなければならない。

その上で木村惠美子の演奏が聴こえる人物でなければ。


東堂の頭に最初に浮かんだのは吹奏楽部の部員たちだった。


部内で「勝手になるピアノ」の噂が広まるほどだ。

恐らく何人か、木村惠美子と波長が合って刹那的に音を聞くことができる部員がいるのだろう。


彼女たちならば音楽に心得がある。審査員としての基準は満たせるかもしれない。


だが、聴く力の方はどうだろうか。吹奏楽部の見学をした時に聞いた噂の内容は「ピアノの音が聴こえる」というものだった。


誰の口からも「エリーゼのためにを弾いている」という情報は聞いていない。


雪乃は最初に音を聞いた時にすぐに曲名を言い当てた。

それは彼女にピアノの音が鮮明に聞こえていたからだ。


吹奏楽部の部員の中にはそこまで鮮明に聞こえた者はいないのかもしれない。


それに、東堂にはもう一つ懸念があった。


ピアノを調べるために吹奏楽部にやや強引に接触したことだ。


今のところ大きく疑われたという実感はない。

自分と話す部長の様子を思い出すと頼めば部員を何人か観客として連れてきてくれそうだ。


だがそれでは大事になりすぎる。

自分たちが怪異を調査していることが部員に一発でバレるだろうし、そうなれば噂が広まるのも早いだろう。


東堂は現状の「裏生徒会という名前も浸透しておらず、ただのオカルト好きが集まったオカルト研究会」という校内での立ち位置を崩したくなくなった。


そこまで大事にはせず、少ない人数でひっそりと終わらせる。それが理想だった。


少し悩んで東堂は決断する。

それから、相談を受けた時に事前に聞いておいたSNSのアカウントになるべく威圧感を与えないような文面でメッセージを送った。


そうして呼ばれたのが相談者の葉山優花だった。


「葉山一年生は相談に来る前に音楽室でエリーゼのためにを聞いている。木村惠美子と波長が合っているってことだ。観客として高松の負担を減らせるし、音楽にも知識があるから審査員の役割も任せられる。本人に了承を得られたので来てもらった」


東堂の口調は表向きの取り繕ったものではなく、裏生徒会の面々と話す時のままだった。


協力してもらう以上何かを隠して接するのは失礼と考えたのか、自分を曝け出すことにしたらしい。


その東堂の変貌ぶりに優花は多少戸惑いながらも「よろしくお願いします」と頭を下げた。

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