第22話
それは霊を感知するという能力のおかげなのか。はたまた彼が元より備えている勘の良さの賜物なのか。
とにかく、彼がその持ち前の察しの良さと行動力で今までも何度も困難を乗り越えてきたことを七海は知っていた。
東堂が音楽室に残ったのには何かワケがある。
そして、今回もきっと彼が中心となってこの怪異を解決してくれるだろう。
そう思っていた。
「ここで生徒会の会議をする」という東堂の苦しい説明に何人かの部員たちは怪訝な表情を見せた。
それでも「さぁ、生徒会の人たちの邪魔になってはいけないわ。早く帰りましょう」と促す部長には逆らわず程なくして音楽室には裏生徒会のメンバーだけになった。
吹奏楽部は部費の面でそんなにも苦しいのだろうか。
去り際、やや媚びた視線を東堂に送る部長を思い出しながら七海は思った。
彼女の態度には明らかに「生徒会に恩を売っておこう」というのが透けて見える。
実際には生徒会なのは表でも裏でも会長をしている東堂だけで、七海も南野も表の生徒会活動には参加していない。
しかし、部長はそれすらも気づいていないようだった。
目の前にいる東堂にどう気に入られようかで夢中になっていたからだろうか。
音楽室から吹奏楽部の部員が全員いなくなる。
七海はそこで初めて何故東堂が残る選択肢を取ったのか理解する。
「いる……よな」
東堂が呟く。
視線はまっすぐにグランドピアノに向かっている。
七海にも見えた。
グランドピアノに……誰が座っている。
七海のできる霊視の力はそれほど強くはない。
見えるのは黒い影のようなシルエットのみで、表情どころかそれが男性か女性かの区別も難しい。
南野にはもう少しハッキリと見えているだろうか。
彼の霊視は七海よりも強い。
少なくとも性別を見抜けるレベルにははっきりと見えている。
蓮くんには恵美子先輩の顔がハッキリと見えているのかな。
彼女が何をしているのかも、わかるかな。
七海の目には黒いシルエットがピアノの鍵盤の上で手を上下させているようにしか見えない。
南野だったらもっと詳細に。木村惠美子がピアノを弾いているように見えるのか。
七海はそれを訪ねたかったが、聞くことはできなかった。
声を出してはいけないような緊張感がある。もしも迂闊に声を出すとこの霊の……木村惠美子の怒りを買ってしまう。
本能がそう告げていた。
まるでコンクールのようだ。
七海は幼少期に一度だけ親に連れられて行った音楽のコンクールを思い出した。
シンと静まり返った会場内に響く旋律。
周囲の人がジッと音楽を楽しんでいる中で、まだヤンチャな盛りだった七海にはそれが辛かったのを思い出す。
「いい? ジッとしてなきゃだめよ。皆音楽を聴きにきているんだから。はしゃいだり騒いだりして邪魔しちゃいけないのよ」
母親の言葉が頭をよぎる。
そうだ。この演奏を邪魔してはいけないのだ。
七海の目に映る黒いシルエットの演奏は彼女の耳には届いていない。
見ることはできても聞くことはできない。それでも、七海はそれを「演奏」だと思った。
七海と南野。二人の視界に映るように東堂が右手を軽く挙げた。
制服の布が擦れた音さえ出さないような慎重な動きだった。
指の動きが音楽室の扉を指している。
「出るぞ」
という合図だ。
無言で頷き、足音を忍ばせる東堂を真似て七海は音楽室を後にした。
♢
「ぷはぁ……もうダメ。息の仕方を忘れちゃうところだったよ」
部活用にお昼に自動販売機で買ったスポーツドリンクを一息に飲み干して七海は小さく息を吐いた。
所は旧校舎の一階。裏生徒会の活動拠点、生徒自治会室である。
三人はここに戻ってくるまで一言も発することはなかった。
音楽室で感じた緊張感の余韻が残っていたからだ。
生徒自治会室に戻ってようやく取り戻した落ち着きのまま、七海は机に突っ伏すように倒れ込んだ。
「見えたか、蓮」
東堂が席についてから尋ねる。
七海のように大袈裟に行動で表さないが、東堂も多少ホッとした様子である。
いつも固い表情の筋肉がわずかに緩んでいる。
東堂の問いに南野は頷いた。無口なのはいつもと変わらないが、彼もまた緊張感から解放された面持ちだ。
「女子生徒がいました。髪の短い、ショートヘアの人です。真剣な眼差しで……少し怖かった」
南野には七海よりもハッキリと見えていた。
恐らくあれが木村惠美子なのだろうとわかるほどに。
「あれは練習をしているって雰囲気じゃなかったな。もっと真剣に取り組んでいる感じだった。さながら、本番に臨んでいるような……そんな感じだ」
東堂が言った。
彼には木村惠美子の姿は見えていなかったが、それでも張り詰めた場の空気は感じ取っていた。
「未練……」
七海が呟く。
「優花ちゃんは、惠美子さんが『何か未練を残しているんじゃないか』って言ってました。それに、話の中で『秋のコンクールの練習ため学校に向かう途中で亡くなった』とも」
その言葉に東堂が頷く。
元々疑念としてあった仮説が、実際に木村惠美子を目の当たりにしたおかげで信憑性を帯びてくる。
「木村惠美子は今もずっとコンクールに臨んでいるようだ。それも練習じゃない。常に本番を繰り返している。……だが、彼女の未練を取り除くには何かが足りないらしい」
三人の間に沈黙が流れる。
足りない何か。それを全員が考えている。
その何かが足りないから、木村惠美子は何度もピアノを弾いてコンクールを再現しても満足できない。
満足できないから再び挑戦するのだろう。
少しだけ間が開く。
そして、ポツリと一言。
「観客……でしょうか」
そう言ったのは南野だった。
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