第21話

相手が幽霊だと断定した、あるいはその可能性が高いと判断した場合はやり方を変える。

それが東堂の方針だった。


まだ雪乃と出会う前の放課後、東堂は七海と南野を連れて放課後の吹奏楽部を訪ねている。


「部活動の様子を見学させていただきたいのですが……。生徒会の調査の一環でして」


吹奏楽部の部長に礼儀正しく挨拶をする東堂の背中を見ながら七海は少しだけ変な気分になった。


この生徒会長との付き合いはもうすぐ一年になる。

去年入学してから少しして、彼の方から訪ねてきたのが出会いのきっかけだった。


その後は裏生徒会の一員として色々な怪異に触れてきたが、生徒会長の二面生だけは今だに少し慣れなかった。


一体どうしてこんな面倒くさそうなことをしているのだろう。

普段から素の自分を出せばいいのに……。


東堂のこだわりは理解できる。


生徒会長の時はきっちり、きっかりとしたいというのは彼の真面目さの表れだ。

そういった意味では生徒会長モードの時も彼の素が部分的に現れていると言えるかもしれない。


しかし、七海は裏生徒会長の時の東堂の方が好きだった。

ぶっきらぼうで、口が悪い。しかし、実際には誰よりも仲間思いで思いやりのある人間だ。


その片鱗が行動の端々から透けて見えるところが、彼の人間性を表しているようで好きだった。


皆にはどう見えているのだろうか。

この礼儀正しい生徒会長の姿は普通に映っているのだろうか。


きっと普通に見えるのだろう。

今だって面と向かって話している吹奏楽部の部長はなんとも思っていないように会話している。


突然やってきて「見学したい」と申し出た自分たちを快く迎え入れようとしている。


それは彼女の優しさか、あるいは「生徒会に良くしておけば来年度の部費が上がるかもしれない」という打算的な考えがあるのか。


明らかに浮き足だって、やや慌てた様子に見える部長の姿は七海には後者のように思えた。


とにかく、部長が東堂の二面生に気づいているような様子はない。


生徒会長モードの時の東堂はひどく窮屈そうに見える。

少なくとも、七海にはそう感じられた。


そう思ってしまうのは彼の二面生を知っているからだろうか。


七海は隣にいる南野を横目でチラッと確認した。


今年に入ってすぐに裏生徒会に入った南野蓮。

付き合いはまだ数日だが、彼の優秀さは既に頭角を表している。


東堂にコーヒーを淹れるのは七海の仕事だった。

別に頼まれたわけではないが、何となく上級生に対する敬意のようなもので行動していた。


南野が入った今はその役目が彼に移っている。

それもまた、誰かが南野に「コーヒーを淹れてくれ」と頼んだわけではない。


自然な流れでまるで元からそうであったかのように気づけば彼はそのポジションに収まっていた。


当然のように七海の分まで用意されたコーヒー。しかもそれがかなり美味しい。

自分が淹れていた頃はインスタントの粉をお湯に溶かしていただけだ。


しかし南野は豆から挽いているようだった。

碌な調理設備もなく、水道すらない旧校舎でそれをやるのは手間だと思うのだがら南野はかかさずに豆からコーヒーを淹れる。


おかげでいつでも美味しいコーヒーにありつけるようになった。


その南野と、会長である東堂はどうやら古い付き合いらしい。


二人が出会ったのは子供の頃。

南野が裏生徒会に入った時に七海は東堂からそう聞いた。


少なくとも七海の「一年」という年月を超える付き合いがあるらしい。


その南野は東堂の二面生に特に驚いた様子も見せずにただ無言でじっと話の成り行きを見守っている。


もうすっかり慣れているのか。

そもそもこういう人だと割り切っているのか。


七海が思ったようなことを考えている様子はないように見えた。


東堂と部長の話はとんとん拍子で進んで行った。

三人は音楽室の隅で見学させて貰えるようになり、吹奏楽部の部員たちが個人練を終えて合同練習に移るのを見届けた。


「どうだ?」


練習の合間。楽器の音色が止まったタイミングで東堂が尋ねる。

部員たちの練習を邪魔しないように声は聞こえるかギリギリのところまで押し殺されていた。


何を聞かれているのかはわかる。

ここに来た目的は「吹奏楽部の練習を見学する」タメではない。


七海は小さく横に首を振った。

その横で南野も同じように首を振る。


「そうか。俺も何も感じない」


裏生徒会の中で幽霊を「視る」ことができるのは七海と南野だけだ。


七海は見えるといっても黒いシルエットのようなものがぼんやりと見える程度。

南野にはもう少しハッキリとした姿で見えるらしい。


しかし、その二人の目には音楽室に置かれたグランドピアノに人影は確認できなかった。


視ることもできないし、声を聞くともできない。かわりに「霊がいたら感知できる」という能力を持つ東堂も幽霊の存在を認識することはできなかったようだ。


ただ、そこに「何かがいた」という感覚だけはあった。


何の進展もなく吹奏楽部の練習は終わってしまう。


七海はてっきり東堂が早々に見学を切り上げて一度旧校舎に戻ると踏んでいたが、彼はそうはしなかった。


練習を見届けて、さらにその後も音楽室に残り続ける。


「この後生徒会の会議があるんです。出来るだけ内密に話したいことなので音楽室の防音性を使わせていただきたくて」


と取り繕って部員たちに早く帰るよう暗に促していた。

  

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