第20話

経緯を淡々と説明する東堂の話を雪乃は黙々と聞いていた。

まだ何の事情も知らない雪乃を気遣ってか、七海も南野も途中で口を挟むことはしない。


東堂の話はわかりやすかった。

時系列を追って順に話し、時折効果的に補足を挟む。

無駄を極力省き、正確に伝えようとする意思が見える。


あの音は、その惠美子先輩という人の伴奏だったのか。


話を聞きながら雪乃はつい先ほど音楽室の前で聞いたピアノの音を思い出す。


エリーゼのために。

テレビなんかでも時折流れる名曲のメロディーは今も微かに耳に残っている。


あの瞬間は確かに怖かった。

頑丈な防音扉を容易く貫通して聞こえてくる音楽は酷く不気味で、すぐにその場から逃げ出したくなった。


しかし、話を聞いた今は怖いという感情が薄れている。


むしろ、コンクールを前に無念の死を迎えた木村惠美子に同情する気持ちが芽生え始めている。


きっとあれはまだ自分が死んだことに気づいていなくて、コンクールのために一所懸命に練習していただけなんだ。

怖いなんて思ったのは、惠美子さんに悪かったな。


雪乃の胸に針が刺さったかのような罪悪感が生まれる。


「以上が葉山優花からの相談内容だ。彼女の話を元に俺たちは翌日から調査を開始した」


経緯の説明を終えた東堂はそのまま裏生徒会の活動内容の話に移る。

今の説明でわからないことはないだろう、と言わんばかりの進行だったがそこに疑問を持つ余地もないほどよくできた説明だった。


実際、相談内容について雪乃が質問したいと思ったところはない。


「俺たちはまず、音楽室のピアノの正体を探すことにした。具体的に言えば、該当する日に居残りで練習をしていた吹奏楽部の生徒がいるかどうか、だ」


続く東堂の言葉に雪乃の口から思わず「えっ」の声が漏れる。


質問がないと言った途端に意表を突かれた。

雪乃が寸前で飲み込んだのは「えっ、そこから?」という言葉だった。


この世の者ではない人たちを知覚できる能力。

裏生徒会の人間は全員がそういう能力を持っていると最初に説明された。


つまり、目の前にいる七海や南野。東堂も何らかの方法で幽霊を認識できるということだ。


それなら、音楽室に行って幽霊がピアノを弾いているかどうか確認すればいい。

わざわざ放課後に残って練習をする生徒がいるかどうかを探るなんて手間なだけではないだろうか。


「優花ちゃんの話だけを根拠に簡単に動くわけにはいかないの。勘違いって可能性もあるし、最悪……相談者が嘘をついている可能性もあるから」


雪乃から漏れ出た言葉に反応したのは七海だった。

ぶっきらぼうな東堂の口調では雪乃が萎縮すると判断し、適切なタイミングで補足に回る。


東堂もそれを理解して口を継ぐんだ。

実際のところ、東堂は話の最中に質問をされても気分を悪くするタイプではない。


むしろ、わからないところがあればどんどん質問をして貰いたいと思っているし、それで話が円滑に進まなくなるのは話し手側のスキル不足だとも思っている。


説明の合間に質問があるかどうか確認しなかったのもそれが理由だが、今日初めてまともに話したばかりの雪乃にそれを理解しろというのは無理な話だろう。


彼女の性格では、東堂が眉根を数ミリピクリと動かしただけで「しまった。まずいことを言って気分を害させてしまった」と勘違いしかねない。


そういった点でも七海の判断は的確だった。


裏生徒会が危惧したのは相談を建前にした冷やかしである。


東堂、七海、南野。それぞれ三人の持ち得た印象で言えば葉山優花は「白」だったが、オカルト好きを揶揄ってやろうという輩は意外にも多い。


それだけでなく、生徒会長でもある東堂にどうにか取り入ろうとしたり、校内で人気のある七海に近寄るためにありもしない幽霊話をでっち上げる人間もいるのだ。


能力を使って幽霊話の真偽を確かめることは当然できる。

緊急性が高い時には真っ先にその選択をすることもある。


しかし、もしそれで話がデマだった場合。

話をでっち上げた人間を喜ばせることになってしまう。


「アイツら本当に幽霊がいると思ってるらしい」とか「人の気を引きたくて見えるって嘘をついてる」などの言いがかりから部員を守るために話の真偽が判明するまで出来るだけ能力を使わずに調査する、というのが東堂の方針だった。


結論から言えば、葉山優花がピアノの音を聞いた日に居残りで部活をしていた吹奏楽部の生徒はいなかった。


文化部には珍しいタイプの厳しい顧問の指導の賜物で「休みの時はしっかりと休み、生活にメリハリをつける」という指導を部員全員が守っているらしい。


加えて、何人かの吹奏楽部生たちから興味深い話も聞けた。


曰く、「四月に入ってから誰もいない音楽室でピアノの音を聞いたという部員が何人かいる」というものだった。


音を聞いたと主張しているのは部員の中でも少数だった。ただ、その中に副部長もいて部内でも微かに熱の上がり始めた話題だったようだ。


吹奏楽部の部員たちに話を聞いたのは主に七海である。

男子からの隠れた熱狂とは違い、曝け出された人気の影響で女子部員たちから容易く話を聞けたという。


七海に臆してしまうようなタイプの男子部員からは南野が話を聞いている。

東堂が動かなかった理由は「生徒会長相手では緊張させてしまう」という理由だった。


葉山優花の相談内容。裏生徒会が調べた該当日の吹奏楽部の行動内容。それから部員の話。


それらを加味して統合した結果、東堂はこれを「裏生徒会が動くべき事案」と断定した。

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