第18話

相談者は葉山優花という一年生の女子生徒だった。

雪乃が裏生徒会と会合する数日前に旧校舎を訪れた彼女は不安な面持ちで生徒自治室の扉をノックした。


「凄いメンバーで構成されたオカルト研究会があるとは聞いていたんですが、本当だったんですね」


部屋に入ってから七海の姿を捉えたことで緊張が和らいだのか、南野の淹れた来客用のお茶を飲みつつ優花はホッと息を吐いた。


不安な面持ちは相談内容のせいだけでなく、旧校舎という普段行くことのない不気味な環境のせいでもあったらしい。


七海が彼女の近くに座り、親身に話を聞く姿勢を見せると優花はすぐに心を開きぽつりぽつりと語り出す。


「私には七歳程歳の離れた姉がいるんです」


語り出しはこうだった。


優花の姉、香織は五年前まで桐生東に通う高校生だったという。


今回の相談事の発端はその香織が在学時のとある事故から始まっていた。


「姉は成績優秀で、クラスの委員長をするような人でした。友達も多くて、歳の離れた私にもすごく優しい。自慢で、憧れの姉です。中でも私が尊敬していたのは姉がバイオリンをやっていたことです」


香織は幼少の頃から音楽に触れていたという。

中でも特にバイオリンに夢中になり、腕もかなりのものだったそうだ。


高校に入学してすぐ、香織は市のコンクールで金賞を受賞した。


「あ、待って。その話知ってるかも。吹奏楽部の友達に聞いたんだ。確かバイオリンとピアノのコンクールの金賞がどっちも桐生東の生徒だったんだよね? しかもどっちも入学してすぐの一年生だったからうちの学校じゃかなり話題になったって」


七海の言葉に優花は頷いた。

話の腰を折られて機嫌を悪くするタイプではないらしい。

むしろ、補足してくれてありがとうとでも言わんばかりに軽く会釈をした。


「そうなんです。姉が金賞を取った時、ピアノのコンクールの方でも金賞を取った生徒がいました。それが、木村惠美子先輩です」


香織と恵美子は同時期に金賞を取ったことでお互いを認識した。


同い年。同じ音楽好き。

二人の間には微かなライバル心のようなものが芽生えたが、それよりも急速に友情が深まった。


休み時間になればどちらかの教室にどちらかが通うようになり、好きな音楽家や曲の話で盛り上がった。


お互いを下の名前で呼び合う仲になるのにそう時間はかからなかった。


「惠美子先輩はよくうちにも遊びに来ていました。姉と同じく私にも優しくしてくれて。二人で私に音楽を教えてくれたこともあります」


優花の話を聞きながら、彼女を緊張させまいとそれまで敢えて一言も話さずじっとしていた東堂は話の流れが変わる空気を察した。


ここまでならば、微笑ましい青春ドラマの一幕だ。

話がそれで終わるのならばこの旧校舎を訪ねてくる必要はないだろう。


「でも……」


東堂の予想通り優花は話に転換点を作った。

表情と声色がやや暗くなる。


「惠美子先輩は亡くなったんです。高三の夏に……」


不幸な事故だった。

秋のコンクールに向けて、夏休み毎日音楽室に通っていた惠美子。


その日もいつも通りの時間に家を出たという。


電車に乗って二駅進み、駅からはすっかり慣れた通学路を進む。


交通量はそこそこ多い駅前だが、歩道はしっかりと舗装されている。


彼女が通って来たこの二年と半年ほどの間にも事故の類はほとんど起きていない。


油断していたわけではないのだろう。

きっと、十分に気をつけていても不可避だったのだ。運も悪かった。


積載超過のトラックが駅前の道を曲がろうとした。

荷台には木材が積まれている。

重量の制限を大幅に超えているというだけではなく、管理も杜撰だった。


固定が甘く、しっかりとハマっていなかったためにカーブでかかる重力の負荷によって簡単に固定が外れてしまった。


積荷は崩れ、走るトラックから歩道に落ちる。

「叫び声のような高いブレーキ音が鳴って、積荷の落ちる音が響いた」とは事故を目撃した人の言葉である。


その積荷に巻き込まれたのが惠美子だった。


当たりどころが悪く、救急車が来た頃にはもう既に呼吸が止まっていた。


彼女はすぐに病院に運ばれたが、程なくして息を引き取ったという。


「その話は知ってるよ。桐生東の生徒が亡くなった事故だからね。でも、話はそれだけじゃないはずだ。オカルトに関連する僕たちに相談しに来たってことは、何か不可解なことが起きているんだよね?」


東堂は優しく聞こえるように精一杯心がけて尋ねた。


裏生徒会にいる時には素の自分を出せる。それは彼自身が自分に課した二つの生徒会長としてのルールであり、彼が裏生徒会を気に入っているポイントでもある。


しかし、来客時はそうもいかない。

誰が訪ねてくるかはわからず、その相手が信用のおける相手かもわからない。


昨今の高校生は怖い。

面と向かって話している時には礼儀正しい素振りを見せる癖に、別れた途端に人が変わったようになる。

SNSや友達グループ内で「生徒会長いつもと口調違ったんだけど」なんて言いふらされたら溜まったものではない。


自分でも多少の歯痒さが残る口調に四苦八苦しつつ、東堂は優花の話の続きを待った。


惠美子が交通事故で亡くなった。

親友の香織はとてつもないショックを受け、しばらく塞ぎ込む日々が続いたという。


しかし、オカルト研究会。もとい裏生徒会を訪ねるような事象は当時は起きず、交通事故の衝撃は時間と共に忘れ去られていった。

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