音楽室二重奏

第15話

裏生徒会とは学校の裏の部分。

即ち、幽霊やそれに類する怪事件を調べ解決する生徒主体の組織だと東堂は説明した。


表向きはただの同好会扱いだが、その実情は校長等一部の教師にも認知されている。


メンバーは全員何らかの霊能力を持つ。

それが入部の条件でもあった。


「あの、何で私に力があると?」


本校舎の廊下を歩きながら雪乃は目の前を歩く東堂に尋ねた。


彼の指示で場所を旧校舎の生徒自治会室から移し、どこかに向かっている途中だ。


「どこか」と曖昧な表現なのは雪乃自身まだ行き先を教えられていないからである。


東堂は振り向くことなく雪乃の質問に答えた。


「俺にも霊能力がある。まぁ、お前らほど立派なもんじゃないが」


東堂の霊感はさほど強くない。

霊がいるか、いないか。それを察知できる程度だという。


昨日の放課後。掃除の時間に東堂は霊が校内に現れたのを察知した。

裏生徒会の仕事柄、霊に敏感になっていた彼は事務的に一応調べてみる。


すると、同時刻にやや不審な動きを見せた女子生徒がいた。

それが雪乃である。


東堂は霊の気配を辿って自転車置き場へ。

そこで雪乃の学生証を発見した。


雪乃に何らかの力があると感じた東堂は落とし物を理由に接触を図り、今日雪乃が帰り道に幽霊に襲われるまで同行を探っていたのだという。


雪乃は東堂が霊の気配を追って自転車置き場まで行ったという部分に少しざわりと心が動いた。


昨日の掃除の時間に声を聞いたのは教室内での出来事だ。声が耳元で聞こえ、振り返ってそれがクラスメイトの誰のものでもないとわかった時、背筋が凍り付くようにゾッとした感覚はまだ覚えている。


そこから逃げるように自転車置き場に向かったが、そこで声は聞いていない。


それなのに霊の気配を察知できる東堂が自転車置き場にたどり着いたということは、霊は昨日も自分を追って来ていたということになる。


不気味な感じはした。

しかし、時間が経ったからか昨日ほど怖いとは思わなかった。


自分と似た能力を持ち、似た経験をした人たちがいる。


その存在を知り、彼らと共にいる安心感のおかげでもあるかもしれない。


話を聞きながら雪乃は目の前を歩く三年生、東堂はやはり学生証を拾ってくれたあの生徒会長と同一人物なのか、と思った。


彼の行動ぶり、態度から見てこの裏生徒会を指揮しているのは彼なのだろう。

言うなれば裏生徒会長というところから。


表では生徒会長を、裏では裏生徒会を、という二足の草鞋を踏んでいることになる。


でも、まるで別人のようだ。


誰にも聞こえぬ心の中の声で雪乃は呟いた。


本校舎の生徒会室で会った生徒会長と、今目の前にいる東堂とでは印象が乖離している。


顔は瓜二つだ。

何も喋らなければ同じ人と認識していただろう。


しかし、その性格はまるで正反対のように思える。


少ししか話していないが、生徒会長は服装からして真面目さが滲み出ていた。

口調も丁寧でとても優しい印象だった。


それに対し、今の東堂はどうか。

服装は程よく着崩されていて、真面目さはあまり感じられない。

よく似合っているとも思うが、少し高圧的に見える。

それは口調にも現れていて、決して嫌な感じはしないがあの生徒会長と同じ人とはとても思えない。


ひょっとして……双子、とか?


前を歩く東堂の後頭部を見ながら雪乃はぼーっと考える。

少し硬そうに見える質感の髪が後ろで段ごとにハネている。


綺麗にセットされていた形跡が見えるがこれを無理やりぐしゃぐしゃにしたようだ。


出会ってまだ数分。

それも、想像していたよりもずっと不可解な出会い方。


仲良くなったという実感もない相手に「あの、性格がまるで違く見えるのですがもしかして双子ですか」とは聞けるはずもなかった。


その代わりに雪乃の疑問に答えをくれたのは七海である。

雪乃と同じ距離感で東堂の後ろを歩いていた彼女はしれっと一歩下がると雪乃にこっそりと耳打ちする。


この話は東堂には聞こえないよ、という彼女なりの配慮だ。


「びっくりするよね。でもおんなじ人だよ。生徒会長で、裏生徒会の会長もしている東堂要先輩。生徒会長の立場から普段は真面目ぶってるけど、素は今の方だよ」


要はかなめ、と読む。

話を聞きながら雪乃はそういえば下の名前は知らなかった、と違うところに意識が向く。


七海曰く、生徒会長をしていれば校内のあらゆる情報を入手しやすい。

加えて、生徒や教師にも顔が効くようになる。

等の理由から彼は生徒会長を引き受けたらしい。


ただ、性格的にはあまり向いていない。

少し大雑把で乱暴な口調では生徒会長として相応しくないという東堂自身の判断で学校生活では自分を取り繕っているらしい。


「大丈夫、すぐ慣れるよ。なんなら、校内で会長を見かけると普段と違いすぎて面白いし」


七海が笑う。

話をするうちに彼女の声は少し大きくなっていた。


遠く離れたところで話しているわけではない。

その声は明らかに東堂にも届いているだろう。


雪乃には止める間もなく、七海はヒートアップして含み笑いをしていた。


しかし、東堂は何も言わない。

その代わり、彼の歩く時の足音がやや力任せに強くなったのを雪乃だけが感じ取った。

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