第14話
「……遅い」
最初に口を開いたのは東堂だった。
その声は酷く不機嫌そうに聞こえる。
本校舎の生徒会室であった時のような親しみやすさはなく、声にも圧がある。
ただ、前の彼よりも今の彼の方が「しっくりくる」気がしした。
声に取り繕っている様子がなく、嘘くさくないのだ。
耳元で七海が「やっぱり怒ってた」と囁く。
だが特に悪びれている様子はない。
東堂にその声が聞こえていたのか、それともいなかったのかわからないが東堂はそれを無視して話を進めた。
「高松雪乃。一年B組。山羊座、A型。で間違いないな?」
東堂が問う。
その独特な圧力に多少押されながら、雪乃は頷いた。
同時に「なんで正座と血液型まで知っているの」とも思ったがそれを声に出せる空気感ではない。
東堂は「よし」と低く呟く。
本人確認を一応してみただけ、と言わんばかりの態度だ。
「高松。単刀直入に言う。俺たちにはお前の力が必要だ。裏生徒会に入れ」
その言葉に雪乃が思ったことはいくつかある。
単刀直入に言う前にちゃんと説明してよ。とか、裏生徒会ってなに? など。
しかし、声に出せたのは別の言葉だった。
「私が力になれることなんて……ないと思います」
学力は平均レベル。
運動はどちらかといえば苦手な方。
社交的には程遠く、人と話すことさえ満足に出来た試しがない。
そんな自分が何かの力になれるなんて微塵も思えない。
雪乃自身が一番自分を否定していた。
しかし、東堂はその程度で諦めるつもりはならしい。
「昨日の放課後と今日の五限、それからまた放課後。何か変わったことはなかったか?」
雪乃を無視して話を進める。
無視されたことよりも、その内容の方が雪乃を驚かせた。
雪乃が存在しないはずの声を聞いた時間をピタリと言い当てたからだ。
返事に困る。
「はい、ありました」と簡単に認めてしまいたくなるが、脳裏に浮かぶのは自分を否定してきた人たちの顔。
「は? 怖っ。そういうのやめてくれる? 痛いよ」
「雪乃ちゃんって変なことばっか言うよね。気味悪いよ」
聞こえるはずのない声に耳を塞ぎたくなる。
雪乃が返答せずに黙っていると東堂が話を続けた。
「それからつい先ほどの出来事だ。妙なものに襲われたろう?」
また言い当てる。
七海に電話で聞いたのかと思ったが、彼女は通話中にそんな説明は一切しなかった。
まるで、初めから知っていたかのような口調だ。
「ハッキリ言ってやる。お前は今、奴らに狙われている」
東堂は言い切った。
「奴ら」が何を指すのか。流石に雪乃にもわかる。
本当は存在していないはずの、他の人には聞こえないあの声の主達のことだ。
認めたくはないが、「幽霊」と呼ぶしかない者達。
狙われてる? 私が?
「何故」という当然の疑問が頭に浮かぶ。
狙われるようなことをした覚えはない。
この厄介な能力は物心つく頃には既にあったのだ。
最近になって急に聞こえるようになったわけではない。
こっちに引っ越してきて、何度か不注意から反応してしまったことはある。
しかしそれだけで狙われるとは思えない。
今までだって思わず返事をしてしまったことはある。
雪乃に聞こえる声は生きているものとほとんど区別がつかないほど自然なものだ。
完全に無視するのは難しい時もある。
しかし、何らかの反応を示してしまった時もその後注意して無視を続ければ向こうは執着を失くす。
それが雪乃の経験則だった。
確かに昨日、今日と不可解な者に遭遇した。
でもそれは一時だけの不運だと思っていた。
耐えてればまたすぐに興味を失くす。そう思ったから我慢できたのに。
狙われているならば話は別だ。
執着はいつまでも続くのかもしれない。
そう考えると怖かった。
同時に「どうして私なの」とぶつけどころのない怒りを感じる。
「あのね、雪乃ちゃん」
横から七海が話に割って入る。
振り向いた雪乃の瞳は恐怖と怒りで揺れていた。
七海は雪乃の肩に手を置いた。
その手の温かさがじんわりと雪乃の肩に繋がっていく。
「私もそうだったの。去年入学した時、だんだんと不思議な者が見え始めて……。最初は黒い影みたいだった。でも、だんだんと具体的になっていったの。今ではもうほとんど人の形で見えるようになっちゃった」
冗談混じりのように笑う。
しかしどこか悲しそうで乾いた笑いだった。
雪乃は目を見開く。
西垣先輩には「見える」の?
七海の告白に動揺する。
その言葉を確証づけるかのように東堂が言った。
「ここにいる人間は皆少なからず力がある。見えたり、触れたり、な。そして、多くの霊能力者がそうであるように全員がそれなりにキツい経験をしてきている。霊に対してだけではなく、人間関係でもだ」
その言葉に雪乃は避けられていた自分の過去を思い起こす。
そして、視線を部屋の中にいる三人に順番に巡らせる。
この人たちも私と同じ?
にわかには信じられない。しかし、嘘を言っているようにも見えない。
「俺たちはお前を否定しない。言った言葉を信じないなんてこともない。全員がそれが真実だとわかってるからだ。お前がそれを認めたくないのも、そのせいで苦しんできたのも俺たちはちゃんと知っている。だから強制はしない。……その上でもう一度言う。お前の力を貸してくれ」
東堂が言った。
先程と同じ言葉なのに雪乃はもう色々な言葉は思いつかなかった。
ただ、まるで何かに誘われるかのように。
そうするのが正解だと確信するかのように。
雪乃は僅かに頷いた。
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