第13話

それはひどく古めかしい。

陰鬱な雰囲気もある。湿気のせいだろうか。

それでも怖いとは思わなかった。


今にも何か出てきそうな見た目。実際、肝試しに使ったら相当怖いはずである。


それなのに、今は不思議と不気味とは思わない。


「びっくりした? 実はうちの学校旧校舎があるんだー」


七海がやや得意げな顔をして言った。

一年生の頃、自分も同じような説明をされたのだろう。

やけに饒舌に旧校舎を紹介する。


「できたのは……何年前だっけ。とにかく結構昔! 元々はこっちが本校舎だったみたい。それで今の本校舎は全部畑だったんだって。そこが更地になって……ええと、なんやかんやで今の校舎が建てられて、旧校舎は使わなくなった……んだって!」


口は回るが、説明自体は上手くないらしい。

というよりも彼女自身さほど強い興味があるわけではないらしく、教えてもらった記憶が曖昧なようだった。


雪乃は特に気にしなかった。彼女もまた歴史のある建物に興味を持つタイプではない。


今気になっているのは「何故七海が自分をここに連れてきたのか」ということだけだった。


説明を簡単に済ませて七海が旧校舎に入っていく。雪乃も後に続く。


「土足でいいからねー」


下駄箱らしきところで、雪乃が靴を脱ぐべきか迷う前に七海が告げる。

そして、自分の言葉を実例として見せるべくスタスタと木の床の上に上がった。


「一応掃除はしてるけどやっぱり汚いし、ところどころ木板が剥がれてて危ないから」


そう付け加えた七海に雪乃は無言で頷き、その後に続く。


外から見ても古いのは十分わかったが、中に入るとまた凄まじかった。


七海の言う通り所々で木板が剥がれかけている。

特に危険そうなところには赤いテープが円形に貼られていて、さらにテープを切って作った文字で「キケン」と書かれていた。


窓は割れておらず無事に残っているが、やはり汚れているのかくすんで見える。


旧校舎といってもほぼ廃墟だな。


雪乃はそんな感想を抱いた。

同時に何故、こんな校舎が残されたままなのか気になった。


「なんか、近くの神社の人が解体に反対しているらしいよ。その人この辺りで結構な権力の持ち主で、学校も壊したくても壊せないんだって。ま、ここを使ってる私たちにとっては助かるけどね」


歩きながら七海が言った。

雪乃は心を見透かされたような気持ちになる。


そんなに顔に出てたかな? と表情筋に力を入れ直す。


七海はそのまま一階の廊下をまっすぐと歩いた。


途中、廊下の真ん中に階段があったが今度は黄色いテープで大きくバッテンが付けられていた。


ドラマなどでよく見る事件現場を封鎖するテープを連想させる。


「さすがに上の階は床が崩れたら危ないからね。基本的に立ち入り禁止ってことになってるの」


と七海の説明が入る。


二階が崩れる。立ち入り禁止。

その二つの言葉を自分の中で反芻して雪乃は急に不安になる。


そんなところに入って大丈夫なのか。

建物自体が崩れる可能性はないのだろうか。


しかし、前を歩く七海は特に気にした様子もなく進んでいく。


その後も七海が何ヶ所か軽く注意事項を説明しながら歩く。

二人が立ち止まったのは一階の一番奥の部屋の前だった。


扉も古ぼけている。

木造製のものだ。古いという共通点のせいか、どことなく雪乃が今住んでいる春江家の扉を思い起こさせる。


扉の少し上に札が掲げられている。

教室の名前だろう。


掠れていたが、目を凝らしてよく見てみると「生徒自治室」という文字が辛うじて読めた。


「昔の生徒会室なの」


七海が言った。

そして、ノックはせずにゆっくりと扉を開く。


雪乃は一瞬眩暈を感じた。

空気の質が違う。ただ、そこに当然としてあるのではなく変に存在感がある。

ふわりと肌を撫でるように優しく包み込んで来るような不思議な感覚だった。


部屋の中もやはり古い。

しかし、外観や廊下とはまた違う雰囲気だ。


古いけれど丁寧に使われていて、椅子や机などは綺麗に掃除されているのが一目でわかる。


机や椅子の形が雪乃の知っているものとは少し違う。

古びた感じが部屋とマッチしている。

旧校舎が本校舎として使われていた時の物をそのまま使っているのかもしれない。


部屋には男子生徒が二人いた。

その二人の生徒を見て雪乃が「あっ」と声を漏らす。


どちらも多少の面識があったからだ。


雪乃から見て手前の椅子に座った男子生徒。

向かい合わせに並べられた机に肘を置き、背中を丸めてゲーム機の画面を注視している。

耳につけている赤いイヤホンにも見覚えがあった。


昼休み、雪乃がご飯を食べようとお気に入りの場所に行った時に出会った彼だ。

派手に転けて恥ずかしがる雪乃に、特に気にした様子もなく優しい言葉をかけてくれた青年。


もう一人は向かい合わせの机の一番奥に座っていた。

一人だけ机の向きを変えて、誕生日席の形をとっている。


この男子生徒については雪乃は名前まで知っていた。

雪乃が落とした学生証を拾ってくれた恩人。

生徒会長の東堂だ。


しかし雰囲気が少し違う。

本校舎の生徒会室であった時には服装や髪型にも本人の真面そうな感じが表れていた。


今の彼は制服のボタンを開けて心地良さそうに上手く着崩し、加えて髪型もかき上げて少しワイルドになっていた。


その変化に戸惑いつつ、雪乃は今ここにいる人間全員が今日少なからず接点のあった人物ばかりなことに不思議な縁を感じていた。

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