第9話
昇降口を出てみると、相変わらず活気のある運動部が目に入る。
今朝から何かと目を惹くソフトボール部にはまだ例の女子生徒はいないようだった。
「今日は部活お休みなのかな?」
何気なく雪乃が呟く。
別に心配しているわけではない。
思い返してみると何度か目にしたことのある校内でも人気のある女子生徒だったので僅かに興味関心が向いたというだけだ。
足を止めることもなく、そのまま駐輪場へ向かう。
放課後になって二度目の来訪。
頭の中にパンク寸前だった自分の暴走とも呼べる行為が思い起こされる。
なんとなく気まずい気持ちになる。
誰も見ていないのに、誰かに取り繕うようにそそくさと行動する。
整然と並んだ自転車の中から薄黄色の物を見つけ出し、ナンバー式の鍵を外して引き抜く。
それに跨り校門に向かった。
一度通った道を再び通り、思いのたけをぶつけた河原を横目に見ながら橋を進む。
しばらく自転車を転がしていると道は少しずつ細くなっていく。
この帰宅路は都会から田舎への変遷を見ているようだ。
自転車を漕ぎながら思う。
桐生東のある地区は都会と呼べるほどの物ではないのだが、自宅周辺と比べると賑わっているのは明らかだった。
駅前にはいくつかの店が並んでいるし、大型のショッピングモールもある。
電車で何駅か進めば映画館にだっていけるのだ。
それに対し、自宅方面には何もない。
住宅地を抜ける時は道幅が極端に細くなる。
その一方で、そこから先には田畑が広がり今度は「こんなに必要か」と思うほど道が広くなるところもある。
帰宅路の中で最も道が細くなる手前で雪乃は自転車を降りた。
ここ二週間の通学の傾向から、この場所で自転車を降りて十字路の向こう側まで行くのが彼女の中の最適解だった。
この十字路。見た目的には周辺に戸建てが建ち並ぶ住宅地である。
景色としての変化は少なく、初めて通った時は何も考えずに自転車で通り過ぎた。
しかし、その初めての経験が雪乃にこの一度自転車から降りるという行動を生むきっかけとなった。
自転車で十字路を通り抜けようとした時に、白い軽のワゴンが顔を出したのである。
どちらが悪いというわけではない。いや、どちらも悪いのか。
雪乃は左右の確認が不十分だったし、軽ワゴンも明らかにスピードを出しすぎていた。
衝突することなく雪乃は道の先に滑り込めたものの、肝を冷やす結果となった。
その出来事があってからよく観察するようになった。
この十字路は実は見通しがかなり悪いのだ。
周囲に並ぶ戸建ての高さが原因で、それを取る囲む塀も他のところより僅かに高い。
加えて、車通りも比較的多いようだった。
詳しい道のりは知らないのだが、この十字路を突き進むと国道の大きな道路に繋がっている。
そこは通勤時間かどうかを問わず、比較的混みやすい道路だった。
信号が多く、定期的に止まらなければいけないことにドライバーは辟易し、道を逸れて回る人が多い。
その抜け道の先がこの十字路に繋がっていた。
信号で待たされた焦燥感からか、細い道なのにそれなりのスピードを出す車が多いというわけである。
その事実を知ってから雪乃は自転車を降りるようになった。
乗っていても注意して進めばいただけのことではあるが、自転車に乗っていると咄嗟の時に反応できない。
特に運動神経の悪い雪乃では突っ込んでくる車を見たらブレーキを踏み、固まってしまうだけだ。
最初に衝突しそうになった時雪乃はその事実を認識した。
ぶつからなかったのは運良くタイミングがずれただけだ。
雪乃が飛び出すのがもう少し遅いか、軽ワゴンのスピードがもう少し速かったら、ブレーキを力一杯握りしめた雪乃は道路の真ん中で停止して、自転車と共にペシャンコになっていただろう。
自転車を押しながらゆっくりと顔を出す。
首を左右に振って、これでもかと車が来ないのを確認してから雪乃は道を渡った。
ヒタヒタヒタ。
再度自転車に跨ろうとした時である。
雪乃の耳が確かにその音を拾った。
足音のようだ。と雪乃は思った。
等間隔で聞こえる短音が、歩いている時の音にそっくりである。
思わず振り返るが、そこには誰もいない。
一瞬で背筋の凍る感覚が走った。
ありえないよ。なんでなの。
脳裏に疑問の声が浮かぶ。
不思議な音を聞く機会が増えている。
それは、午後の授業の時にも思ったことだ。
もともと、雪乃が存在しない音を聞くのは月に一度。多くても二度くらいの頻度だった。
回数が少ないから無視できていたし、気にしないようにもできていたのに。
この町に来てから様子がおかしい。
一日に二回も聞くことなんて、今までは一度もなかった。
昨日を含めれば三回目の存在しないはずの音である。
明らかに頻度がおかしい。
それは雪乃のせいなのか、それとも町に問題があるのか。
もしかして、引っ越してきたのが間違いだったの?
心の中で自問しながら雪乃は道を歩き出す。
自転車には乗らなかった。
今乗れば気付かれる。そんな気がしたのだ。
足音はまだ聞こえている。
雪乃が歩くペースに合わせてゆっくりと後ろをついてきていた。
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