第33話── 「灰に埋もれた録音室」

旧図書館跡は、風に吹かれるたび粉塵が舞う、灰色の瓦礫の山だった。かつて大理石が敷き詰められていたエントランスはひび割れ、柱はほとんど倒壊していた。


ユリは瓦礫の隙間から、焦げ跡のある鉄の扉を見つけた。

「ここ……地下録音室があった場所だと思う。」


リクが錆びた取手を引くと、扉は軋んだ音を立ててゆっくりと開いた。階段を下りるたびに、足元にガラス片が砕け、かすかなラジオの残響が漂ってきた。


「聞こえる?」ユリが囁いた。


「……ユカリだ。録音された声が、まだ生きてる。」リクの声にも緊張がにじんだ。


壁に埋め込まれた旧式の録音機が、自動で再生を始めた。少女の声が、埃と共に蘇る。


「父が遺書を書いていた理由は、私だけが知っている。

本当の目的は“彼ら”への牽制だった。

嘘を書くことで、真実を守るしかなかったの……。」


録音は途切れたが、その後の空白に、誰かが小声で「……監視されている」と呟いた。


「“彼ら”? 誰のことだ……?」リクの眉が動いた。


ユリは録音室の壁に貼られた紙の断片を見つけた。それは焼け焦げ、読みづらくなっていたが、一部だけ赤ペンで書かれていた。


“記録を嘘に染めよ。本当のことは、記録されるな。”


「これは……タカシの筆跡。彼が“真実を書かなかった”理由が、これだったのね。」ユリは肩を落とした。


「つまり、我々が読んでいた遺書は“真実の隠蔽”じゃなく、“真実の保護”だったんだ。」


録音室の隅に、一枚だけ焦げ残った写真があった。そこにはタカシと、少女時代のユカリ、そしてもうひとり、笑顔の女性が写っていた——誰だ、この女は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る