第18話──“火の少年”と七つ目の実験

ユリは言葉を失っていた。


目の前に立つその少年──白いパーカーの裾は焼け焦げ、左手の指は三本しかない。

──まちがいない、あの火事で亡くなった「天野リク」だった。


10年前、母とユリの前で燃え上がったあの家。

炎の中、誰よりも早くユリを外へ押し出した少年。


「……どうして……生きてるの?」


ユリの問いに、リクはかすかに笑った。

その笑顔に、どこか“子どもらしさ”が欠けている。


「死んだよ。ちゃんと。

でも、“僕”は実験として残された。

火曜会の、“第七のモデル”として──ね」


「実験……? モデル……?」


ユリの背筋が凍る。

思い出した。火曜会に初めて参加した夜──席が七つあって、その最後の一つがいつも空いていた。

誰も座らず、誰も語らず。


「君は知らなかったんだね。

七番目の席、それは“観察者”じゃない。

“模倣者”だよ」


リクは淡々と語りはじめた。



10年前、ユリの母・加奈は、教育現場である「実験」に協力していた。

文部科学省の秘密研究チームと民間心理学機関が連携し、人間の罪悪感・記憶・後悔を操作することで、人格を“浄化”できるかを調査していたという。


対象は児童。

“自分の罪”を他者の言葉で上書きされた子どもは、本当にそれを「自分がしたこと」として記憶し始める。


だが──

記憶を書き換えられなかった子どもがいた。

それが「天野リク」。


「僕は、君の“嘘”を、最後まで覚えてたんだよ」


ユリは、肩が震えた。


──小学校のある日。

友達のリクが給食を捨てたところを、担任に報告した。

リクは否定したが、ユリは「見た」と証言した。

それが嘘だったとは言えなかった。ただ、先生に“よく見ていた”と思われたかった。


その日から、リクは教室で孤立した。

だが、何も言い訳をしなかった。


──なのに、あの日、火事の中で、自分を救ってくれたのはリクだった。


「だから僕は、ずっと残された。

“どうして人は、嘘を信じるときにしか動かないのか”って、研究され続けた。

僕は火に包まれても、記憶を失わなかったからね」



ユリの目に涙がにじむ。


「ごめんなさい……」


その言葉は、10年遅れだった。

だけど、リクは首を振る。


「それじゃ、終わらない。

君が本当に知るべきは、君自身の“再生”だ。

君の母は、最後に“君を守るために”火を起こした」


「……え……?」


その瞬間、校舎全体が低くうなり声を上げた。

下階で何かが爆ぜ、ガラスが割れる音が響く。


「来たみたいだ。火曜会の“観測者”が。

この記録を終わらせに──」

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