第17話──黒板に残された“もう一つの真実”
旧・第三小学校跡地。
廃墟となった校舎の中は、風が吹くたびに軋みを上げ、壁のクラックから植物が忍び込んでいた。
ユリはその中にいた。
10年ぶりに足を踏み入れたその教室は、記憶よりもずっと小さく、狭く、静かだった。
「……ここで、誰かが死んだ。
でも、それを“誰も”語らなかった」
教室の中央──今は脚の折れた机が散乱するその場所に、かつて息子を失った一人の母が泣き崩れていたという記録だけが残っていた。
誰の息子だったのか、いつ死んだのかは、不自然なほど記録が曖昧だ。
ユリは黒板へと歩く。
そこにはかすかに残されたチョーク跡があった。
「ごめんなさい」と繰り返し書かれた文字列の、その隙間に──
見つけた。
──もう一段、薄い文字で書かれたメッセージ。
《きょうしつのひかりは、そとからじゃない。
あなたが つけた あかりが まどをけした》
誰かの手でわざと塗りつぶされ、重ね書きされたようなそのメッセージ。
だが、ユリには確信があった。
これは、母が書いた“自分自身への告発”だ。
幼いころ、夜中に母の叫び声で目覚めたことがあった。
「嘘じゃない!私は……!」と、誰かに向かって泣いていた声。
あれは夢ではなかった。
ユリは振り返る。
黒板の下、かつて教壇があった床板の一部がわずかに浮いている。
慎重に持ち上げると、そこには“紙の束”が押し込まれていた。
大量の“未提出の遺書”。
宛名のない、差出人の名もない、だがそれぞれが異なる筆跡で書かれていた。
内容は全て共通している。
子どもたちの名前。
その名前の横に、点数のようなものと、簡潔な罪の記録。
《佐藤ユウナ:79点
教員室での呼び出し後、急に笑わなくなった。
罪:泣きながら嘘をついた》
《橋本アキ:45点
帰宅途中に姿を消す。
罪:親に何も話さなかった》
そして、一番下に書かれていたのは──
《ユリ・K:未採点
転校後、火曜会に接触。
罪:記憶が回復し始めている》
ユリは息を呑んだ。
これは、遺書ではない。
観察記録だ。
火曜会の“素材”となる人間の選定リスト。
──七番目の席は、ただ見ていたのではない。
彼らは選び、試し、罪と名付け、記憶ごと書き換えていた。
「じゃあ……じゃあ私は、ただの“被験者”だったの……?」
彼女の声が教室に吸い込まれていく。
だが、その背後に──足音。
「見つけた」
その声は懐かしく、そして忘れがたいものだった。
振り返ったユリの目の前にいたのは、10年前、火事で死んだはずの“あの少年”だった。
「……どうして……あの時、燃えたはず……」
少年は微笑んだ。
「火はね、見えるものだけじゃないんだよ。
君の中で、ずっと燃えてる。気づかなかっただけで」
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