第19話──仮面の観測者と無音の記録室

ユリは、リクの手を掴んだまま立ちすくんでいた。

階下からの爆音、割れた窓の向こうに漂う焦げた臭い──それは現実ではないような、けれど逃れようのない“本物”の気配を纏っていた。


「観測者って……誰? どういう意味なの……?」


彼女の声は震えていた。

だがリクは、その手をやさしく振り解くと、ゆっくりと口を開いた。


「この“廃校”は、記録室だ。

人の記憶と、嘘と、後悔が収められた場所。

火曜会は“朗読”をしていたんじゃない。

“記録”していたんだ。

誰がどんな嘘をつき、どう反応したか──すべて、観測者に届くように」


「……じゃあ、私たちは……」


「観察対象。

それぞれの『嘘の遺書』は、データになっていた。

君のお母さんがそれに気づいて、この建物を燃やした。

でも──全部、消えてはいなかった」


──パリンッ


背後で窓ガラスが一枚割れた。


振り返ると、そこに“それ”は立っていた。


全身黒ずくめのローブ。

顔には能面のような白い仮面。

目元だけが、切れ込みのようにわずかに開いていた。


無音で動くその者が、部屋の奥へと足を進める。


床にある「遺書ファイル」の束──参加者の名前、読み上げた内容、泣いたタイミング、嘘と真実の比率──が入った封筒に、仮面が手を伸ばした。


「止めなきゃ……!」


ユリが走り出そうとした瞬間、リクが叫ぶ。


「待って! それは“記録者”じゃない、“編集者”だ!」


「編集者……?」


仮面の者が手にしたのは、封筒ではなく、薄い金属製のペンだった。


──シュッ


空中に、誰も書いていないはずの「記録」が浮かび上がる。

文字列は、すべてユリの過去の言動。

誰にも言っていない、心の奥の“嘘”たち──

たとえば、「母が焼け死んだ夜、安堵した気持ちが少しだけあったこと」──そんな感情まで。


「見ないで!!」


ユリが叫んだ瞬間、仮面がこちらを振り返った。


そして、音もなく、うなずいた。


──情報は、記録されただけでなく、“上書き”され始めていた。


ユリの記憶に微かな違和感が走る。


・火事の夜、自分は本当に外に出されたのか?

・母の悲鳴はあんなに長かったか?

・あの時、本当に「リクの手」を掴んでいたか?


「やめてよ!!」


思わず叫んだその瞬間、仮面の者のペンが停止する。


静寂。


そして、仮面の口元がわずかに動いた。

声が、鼓膜ではなく脳に直接届いたように、ユリの頭に響く。


「“それでも、記憶はあなたのものでしょうか?”」


リクが叫ぶ。


「ユリ、逃げて! これは“記録される記憶”じゃない、“削除される魂”だ!」


仮面の編集者が、ユリに向けて右手をかざす。


リクがその間に割って入り、突き飛ばされる。


吹き飛ばされた彼の背中から、パーカーが破れ──

そこに、数字の焼印が浮かび上がっていた。


【No.07-試験体リク|抵抗傾向:高】


ユリの中で、何かが壊れた。


そして、同時に何かが“覚醒”しようとしていた。

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