第1話 新米救世主の旅立ち
いつの時代も、英雄伝説には事欠かない。人々は、身勝手にも救世の英雄を求め続ける。だからこそ英雄は生まれる。望まれて生まれ、望まれて死ぬ。英雄と祀るために。
3人の目の前にそびえる石造りのダンジョンもまた、望まれて生まれた英雄の望まれた死を祀り、その名を冠する。
「タリエラ要塞跡、懐かしいね!私達が初めて挑戦した思い出のダンジョン!」目を輝かせたカフラが叫ぶ。
「そんでもって初めて敗走したダンジョン」茶化すようにオリーナが口を挟む。
「嫌な思い出よね…」思い出したくもないトラウマに嘆息するルヴィ。
既に目的を達したかのように満足げな顔をするカフラやヘラヘラとシニカルな笑みを浮かべるオリーナとは対象的に、ルヴィは心底ウンザリしたように溜息をつく。
「ねぇカフラ、本当に入らなきゃダメ…?」
駄々をこねるルヴィにカフラは応える。
「うん!やり直さなきゃだからね!」わざとらしいほど明るく振舞った言い草に、ルヴィは辟易しながら抗議の目線を送ることしかできなかった。
……やり直し、カフラがこの言葉にこだわりだしたのは2ヶ月前の勇者凱旋式典、王城庭園の隅で人知れず開かれた3人だけの反省会からだった。政略と信仰によって主役になることも叶わなかった式典を、半ば抜け出して行われたそれが愚痴と不平にあふれ始めたころ、思い付きのように軽々しく、それでありながら確かな決意を感じさせる口ぶりで言い放った言葉がそれだった。多かれ少なかれ悲嘆と落胆に暮れていた私とオリーナに対する慰めと誤魔化しのつもりだろうと思っていた。なによりも、誰よりも英雄に憧れていたカフラ自身のためのそれであると。
だが違った。私たちの旅は終わらず、こうして王都にほど近い"始まりのダンジョン"の前に再び立っている。そう、目の前にそびえるのは始まりのダンジョンだ。私たちにとって初めての挑戦と挫折であったのは間違いないがそれ以上に、すべての冒険者にとって初めての挑戦と挫折の舞台なのだ。
基本的に冒険者の実力は拠点となる大型都市からの探索距離に比例するといわれている。つまり、より遠くに探索に行ける冒険者の方が実力も高いとされる。スタート地点からどれだけ走り続ける体力があるかと言い換えても良い。多くの冒険者ギルドでは、その距離に応じた数値を冒険者に与え、"レベル"という名の格付けをすることで、クエストの割り振りを含めた管理を行っている。基本的には良くできた制度だろう。魔王軍侵攻直後の混乱期ならいざ知らず、ある程度戦線が整理され、大型都市付近は国家による大規模な掃討作戦が行われ強力な魔族や魔物は姿を消した。繁殖力に優れたゴブリンやどこにでも湧くアンデッドなどがまばらにいて、たまに街道を通る人々を襲い討伐依頼が届けられる程度でしかない。一部地域には弱体化しながらも組織力を保ったまま抵抗を続けるしぶとい魔族もいるらしいが、それも時間の問題だろう。
とにかく、大型都市、とくに王都近域であるこの"グディオン平原"に強力な魔物は存在しない。王都冒険者ギルドで採用されているレベルシステムでは、30が一つの節目とみなされる。それはこの平穏無事なグディオン平原を抜け、魔物の数が増える"リューラ森林"に足を踏み入れるために必要な距離であり、冒険者の俸給や権限も格段に大きくなる。相応に探索の強度も高まるものだが、冒険者の死亡率がそこで跳ね上がることはない。それなりにはよくできたシステムだが、それなり程度の弊害も少なくない。その一つがこのタリエラ要塞跡である。魔王軍侵攻以前の旧時代の要塞跡の上から新しく要塞をかぶせただけの雑なつくりであり、侵攻直後の混乱が見て取れる。
かつて人類の天敵は竜だけであり、天空を領する彼らを前に高い壁は無意味であった。そのため都市や砦の様相は魔族出現後の現在とは異なっていた。城壁の多くは領土を主張する最低限の高さしか積まれないことがほとんどであり、かわりに"竜騎櫓"とよばれる、魔術師が空戦をするための高さを稼ぐ高楼がいくつも立ち上っていたという。また旧時代の砦や要塞も同様の理由で高さは無く、地上部に最低限の建築だけして、残りは地下に建造されていた。旧時代の建築物の最大の特徴はこの地下構造物であり、一般に"ダンジョン"と呼ばれる。
タリエラ要塞がレベルシステムの弊害たる所以はここにある。攻略すべき空間が入り口から二方向に広がっている上に、王都近郊の砦ゆえにひどく広い。さらに地下深部に潜れば潜るほど、蟲毒のように魔物が強くなっていく。ダンジョンに住み着いた魔物は基本的にダンジョンから出てくることはない。縄張り意識か、はたまた生存に都合の良い何かがあるのか。とにかくダンジョンに入らなければ害も少ないため、公共事業としての討伐、その対象とみると優先度は低く、ほとんど放置されているも同然であった。そのため要塞内では、レベル30前後では手も足も出ないような魔物と遭遇することも少なくない。そうした魔物に身も心も打ち砕かれ、運の良い冒険者のみが逃げ出してくる。レベルシステムはこうしたイレギュラーにめっぽう弱く、魔王軍侵攻後は特にイレギュラーが増えた。「30レベルに到達した冒険者は死なない」というよりは「30レベルに到達して死ぬような冒険者はそれまでに死んでいる」が正しいのかもしれない。現実逃避もかねて"教室"で習った探検学の内容を思い出していると、先ほどまで目の前にいたはずの二人はすでにダンジョン内部へと足を踏み入れていた。いっそここで待っていようかと考えたところで開け放たれたままの門扉の内側から声がかかる。
「ルヴィ?早く来なよ!」
こともなげなカフラの声が聞こえてくる。
「今更だ、諦めろ」
すでにそうしていたオリーナが気怠そうに続く。まるで、先延ばしにしていた課題にとうとう手を付ける際であるような気怠さ。そう、それは間違いなく気怠さだった。私たちは面倒くさかったのだ。目の前のダンジョンの攻略が。恐怖ではない。なぜなら私たちの王都冒険者ギルド参照レベルは全員80を超え、到達不能極点にもすでに辿り着いていた。世界の混乱の原因となった魔王の征伐も成し遂げた。今さら王都近郊のチュートリアルダンジョンを攻略する気にはならない。広さが難易度の一因となっているこのタリエラ要塞などはなおさらだ。どれほどレベルが上がっても、歩き回るのは疲れるのだ。しかしただ待っていてもそれはそれでつまらない。カフラたちと話しながら歩いていた方が、いくらか気も紛れるだろう。半ば無理筋な理由を自分に言い聞かせ、重い一歩を踏み出して、私はダンジョン内部へと足を踏み入れた。
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