第2話 チュートリアルダンジョン
魔鉱灯が規則正しく並ぶ通路に3人分の靴音が響く。初めて入ったダンジョンならばもう少し慎重に歩みを進めただろうが、今さら気にする者はこのパーティには最早いない。
「慣れたもんだよねぇ」
カフラがのんきに口を開くと、こちらも気の抜けた声でオリーナが返事をする。
「今更過ぎるんだよ。何が楽しくってこんなところ...」
オリーナは最後まで言い終わる前に面倒くさくなって口を閉じてしまった。私は後衛の魔法職らしく、後ろから援護射撃のようにオリーナの意見に肯首した。とはいえ、カフラの言いたいことも理解はできる。通常、ダンジョンにおけるメインミッションは探索と戦闘だ。張り巡らされた罠に気を配り、迷わないようにマッピングをしながら報酬となる宝を探す。縄張りを主張する魔物を避けて退けて、生きて帰る。よほどの死にたがりでなければ、ダンジョン内で気を抜くことはあり得ない。しかしそれは、適正レベルのダンジョンを攻略する冒険者の話だ。ここ"タリエラ墳墓"は、私たちにとって武器を構えるだけの労力も、足音をひそめる程度の努力も無意味なほど簡単なステージなのだ。
オリーナは言わずもがな、唯一意気盛んに進む剣士のカフラですら得物を鞘に納め、両手を頭の後ろに組んで歩いている。このパーティで最も打たれ弱い魔道士の私に至っては、長杖を背負い魔導書の解読に着手し始めている。「冒険始めたての緊張」を忘れた自分に半ば呆れつつ解読の準備を進めていると、同じことを思ったのであろうカフラが何か言いたそうにこちらを見ていた。
「なによ」
私は努めて冷たく突き放した。やりなおしを楽しみにしていたカフラには悪いが、"チュートリアルダンジョン"まで楽しめるとはとても思えない。せめてつまらない道中を楽しむための工夫程度は認められてしかるべき権利である。もっともカフラにとってこれは、工夫ではなく怠惰に映ったようである。楽しんで冒険する義務を放棄したパーティーメンバーに対し、彼女はひどくご立腹である。
「態度が悪すぎない?」
カフラにしては強い言葉を使ったようであるが、私が無言で見つめ返すとすぐにたじろいだ。
「もう良いわね?」
そう言って開いたページに目を落とし、やり取りを強引に遮った。先達による光源の設置が行われているとはいえ、ただでさえ暗いダンジョン内、歩きながらでは殊更に文字も読みづらかったが、それでも壁にかかった魔鉱灯の数を数えるよりは有意義で楽しいだろう。ようやく一文読み終えたところでカフラが口を開く。
「私たちは今まさに未攻略のダンジョンを進んでるというのに、揃いも揃ってあんまりだと思わない!?」
「あんまりデカい声出すと魔物が寄ってくるぞ」
主張のためになるべく大きな声をあげてみたらしいが、すぐにオリーナが半笑いでたしなめた。納得がいかないようでカフラはまだ何かモゴモゴ喋っていたが、私とオリーナは無視を決め込むことにした。救世を成し遂げた英雄の姿がこれかと少しばかり哀れにも思えたが、半ば強制的に付き合わされた作業への八つ当たりめいた沈黙を、私たちから破ることはなかった。
さて、とすでに読んだ箇所を流し読みしながら目当ての文頭にたどり着く。勇者凱旋式の際に、腹いせがてら王城書庫からくすねてきたものだったが、さすがは王室管理の魔導書。高度な暗号化と魔導的な認識阻害処理が施されていて、簡単には読めそうもない。特に、固有名詞が当てはまりそうな箇所のセキュリティは厳重で、この本が何の、何について、どのように書かれているかがまるで読み解けない。だが、読めない魔導書も、読めないなりに読み解き方はあるというものだ。ページに印をつけて本格的な解読を始めようとしたその時、カフラの弾んだ声が響いた。
「来たよ!大階段!」
カフラがそう呼んだのはこのタリエラ要塞の新旧をつなぐ巨大な階段である。
上層に続く階段は建築時期も比較的新しく、喫緊の戦争に備えたものであったため素材も堅固なものであった。それゆえ崩れた箇所も少なく歩きやすい。
少なくとも、8年前に初めてここに挑戦したときはそうだったし、だからこそ、私たちが初めてこのダンジョンに挑戦した時は上層へ探索に行こうとした。カフラだけは下層への探索を希望していたが結局、疲れ切った帰り道に階段を上るよりは良いだろう、というオリーナの論を説き伏せるだけの言葉も経験を持たなかったカフラは悔しそうに口をもごもごさせることしかできず、話は上層探索へ行く方向でまとまった。
今回も、そうなりそうだ。
「前来た時はオリーナの意見聞いたじゃん!」「今度は地下行こーよー!」
「やり直し、なんだろ?」
「うっ……」
呆気なかった。
「そもそも何でそんなに下層に行きたがるんだよ」
「じゃあこうしましょ」
見てられない言い合いにとうとう口を挟んでしまった。
「上層クリア後、負傷が無ければ下層も挑戦、それで良いわね?」
言いながら、自分が何かまずい所へ踏み込んでいる気はした。言い終わった後、自分でもしまったとは思った。余計なことを口走った、と自覚していた。。慌ててオリーナの方を見ると、呆れたように溜息をついて頭を振った。
「こいつは本当に無傷で攻略しきるぞ。コイツだけじゃねぇ、私達にとってココはその程度のステージなんだよ」
「"ステージ"ならしっかり演じ切らないとね」すかさずカフラが言葉を返した。彼女にしては上手いことを言ったものだが、素直に称賛する気にはなれなかった。
「見ろよ」
オリーナがぶっきらぼうに顎で指したカフラの方へ恐る恐る視線をやる。目の当たりにするのも怖くて見ないようにしていたカフラの顔を見ると、それはもう喜色に満ちていた。渾身の一言を無視されて尚、まるで既に我が意を得たりとでも言わんばかりの笑顔である。
「お前のせいだぞ」
嘆息混じりのオリーナの恨み言に、私は返す言葉を持たなかった。意気消沈する私達を余所に、カフラは意気揚々と階段を登り始めた。
私達は知っている。こうなったカフラは無敵だ。きっと、このチュートリアルダンジョンでもそうなるだろう。恥ずかしげもなく、全力で攻略に取り掛かるに違いない。
ああ、本当に、余計なことを言ってしまった。既に鞘から抜いていた直剣を握りしめるカフラの背を見て、改めて己の迂闊さを自覚した。
救世の手柄を横取りされたのでもう一度世界を救う旅に出ます えやみ @rindo8823
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。救世の手柄を横取りされたのでもう一度世界を救う旅に出ますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます