第11話遠い約束の行方

マンションのロビーまで降りると

ときおり出くわす老夫婦がいる。


婦人の方は背筋が伸びていて、

その姿勢の良さから多分、

実年齢より若く見られる事が

多いのではないだろうか。


そして婦人の後ろを背を丸め

杖をついて歩いているのが旦那さん。


どう見ても足取りが心許ない。


先に歩く婦人はドアの前にくると、

ピタッと足を止める。


旦那さんがそれを追い越し、

ゆっくりとドアを開ける。


婦人が当然の如く先に外へ出て、

あとから出てきた旦那さんが

横に並ぶのを待って、

ゆっくりと二人は歩き出した。


そんな光景を幾度か僕は見ている。


その日もあの老夫婦と

エレベーターで出くわした。


ロビーに着き、先を譲ると

婦人が僕に上品に微笑み

ゆっくりとお辞儀した。


そして、いつものように

婦人がドアの前に着くと、


後ろの旦那さんが

「しまった私とした事が!」

と声をあげた。


自分の服のポケットと言うポケットを

探っても、探しものが

見つからずに婦人に言った。


「ここで腰掛けて

 待っていてください。」


そう言ってロビーに設置された

住人用のポスト前にある

座れそうなスペースに

ハンカチを敷くと婦人を座らせ、

旦那さんはエレベーターへと向かった。


僕は思わず二人の様子を

眺めてしまっていると、

婦人と目が合った。


そして僕を見てクスッと

少女のように笑った。


「私たちって奇妙かしら?」


「どうしてですか?」


婦人はドアのほうを指差して、


「外出する時、

私ドアの前で立ち止まるでしょ。」


僕は素直に頷いた。


「あれね、理由があるの。知りたい?」


婦人はいたずらっぽく笑った。

僕は苦笑する。


「50年前の話しになっちゃうけど、

 彼にプロポーズされた時に言われたの。


 僕と結婚して頂けたなら、

 二人でいる時は一生あなたにドアを

 開けさせません。って。


 そんな事を言うものだから彼は大変なの。」


 そう言いながら苦笑する婦人だが、

 どこか誇らし気だった。


見るからに旦那さんのほうが

足元が弱々しいが、


未だに婦人の前で

紳士でいようとする気概が

素敵だと思える。


「素敵な事ですね。

 でも、今も昔も時代が変わっても、 

 男は痩せ我慢をするもんなんですね。」


しみじみ言うと、

「あらアナタも?大変ね。」と

婦人はクスクス笑った。


僕は頭をかきながらお辞儀をして、

先に外へ出た。


あの婦人、

表情が色々変わって

可愛い人だなと思った。


旦那さんもそんな所に

惹かれたのかな。と

思いながら歩く道は

いつもより少し景色が

違って見えた。

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