第3話 壁

この世界に来てから、何日が経ったのかは分からない。けれど、体の感覚だけが、それなりの時間を正確に覚えていた。


最初のうちは、考えられる限りのことを片っ端から試した。観覧車に登ってみた。時計塔の中に入ろうとした。レールの上をどこまでも歩いた。地面を叩き、壁を探し、空に向かって声を投げた。


何をしても、変化はなかった。


次第に試すことは雑になり、やがて、淡々とした作業になった。歩く。確かめる。失敗する。その繰り返しだった。希望らしい希望は、薄くなっていった。


気づけば、走ることが減っていた。息が上がるのが早くなり、足が重くなり、無理をするとすぐに膝が笑う。観覧車の下で休む時間が、少しずつ長くなっていった。


僕は、歳を取っていた。


鏡になるものは一つもない。それでも、手の甲の皺や、指の動かしにくさで、それだけははっきりと分かった。時間は、この白い世界にも、確かに流れていた。


何ヶ月が過ぎ、何年が過ぎたのかも分からない。ただ、諦める気持ちと、諦めきれない気持ちだけが、同じ場所で行き来を繰り返していた。


ある日、理由もなく、ひどくこの場所が嫌になった。


何が引き金だったのかは覚えていない。ただ、胸の奥に溜まっていたものが一気に浮き上がってきて、僕は無意識に走り出していた。


昔のようには、走れなかった。すぐに息が切れ、視界が揺れ、足がもつれた。それでも、止まらなかった。逃げるように、ただ端を目指して走った。


白い地面の果て。地平線のように曖昧だった境界に、勢いのまま手を伸ばした、その瞬間だった。


指先が、何もないはずの空間に触れた。


次の瞬間、腕から肩にかけて、強い痺れが走った。思わず声を上げて後ずさる。心臓が大きく跳ね、指先がじんじんと痛んだ。


そこには、何も見えなかった。


けれど、確かな拒み。


僕は震える手でもう一度、ゆっくりと空間に触れた。やはり、同じ痺れが返ってくる。見えない壁。触れれば痺れる、境界線。


初めて、この世界に「端」があることを知った。


胸の奥で、何かが小さく音を立てた。


それが希望なのか、絶望なのかは、まだ分からなかった。ただ、今まで何も掴めなかった世界の中で、初めての、確かな手応えだけが残っていた。


僕はその場に座り込み、しばらく、痺れの残る手をじっと見つめていた。


白い世界は、相変わらず静かだった。

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