第4話 境界線
見えない壁に触れてから僕は、そこを起点に考えるようになった。ただ拒まれるだけの場所ではない。触れれば、痺れという形で確かな反応が返ってくる。ならば、この壁そのものを利用出来るのなら、外へ出る手がかりになるのではないか。
そう思い至った瞬間から、僕の中で、長く止まっていた歯車が微かに動き出した。もはや脱出よりも暇つぶしに近くなっていた僕の感情が再び現世への帰還を求めだす。
一度、遊園地の奥へ引き返した。走ることはもう出来ないこの脚をなんとか前へ押し出しながら、ほんの少しの期待を抱きながら。観覧車の下、売店の裏、倉庫のような建物の影。そこには、今まで何年もかけて集めてきた、役に立つかもしれない物が、雑然と積み上げられていた。
折れた金属らしき手触りの棒。外れたレールの一部。ネジの外れた車輪の切れ端。照明器具の支柱の破片。全て白いけれど、手に取ると確かに重さのある金属片ばかりだった。
それらを抱えられるだけ抱えて、再び境界線のある場所へ向かった。途中で何度も立ち止まり、呼吸を整えながら、ゆっくりと進んだ。白い空は相変わらず動かず、遊園地の影だけが、僕の足元を静かになぞってゆく。
境界線の前に立つ。何も見えない、けれど確かに存在する壁。
まず、手に持っていた金属の棒を、そっと壁に近づけた。
棒の先から、細く、弱い痺れが僕の手に伝わってきた。強い痛みではない。乾いた寒さに触れた時のような、静電気のような小さな刺激だった。驚いて棒を引くと、その感覚はすぐに消えた。
もう一度、今度は少しだけ強く押し当てる。再び、同じような微かな痺れが走る。
僕はしばらく、その金属の棒を見つめていた。壁に触れた瞬間だけ、確かに何かが流れてくる。見えないけれど、そこには反応がある。空間そのものが、何らかの力を帯びているようにも感じられた。
別の金属片でも試した。結果は同じだった。壁に当てた瞬間だけ、微弱な刺激が返ってくる。
これは、ただの壁ではない。
そう思った時、胸の奥で、久しぶりに確かな鼓動があった。長い間、何も変わらなかった世界の中で、初めて変えられるかもしれない場所を見つけた気がした。
壁の境目の地面を金属片で何度も引っ掻いて印をつけ、金属片を一つずつ地面に並べて、境界線との距離を測り始めた。どこまで近づけるか。どの角度なら反応が強くなるか。まだ何も分からない。それでも、今までとは違う手応えが、確かにそこにあった。
白い世界は、今日も静かなままだった。
けれど、僕の中では、何年も止まっていたものが、確かに動き始めていた。
ハクチウム・吐昼夢 尾谷金治 @haya-punk
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