登校
[未来]
未来は、線路沿いの国道を駅まで急いだ。これまで市役所に勤める父に命じられ、同じくパートから市役所に任用された母に促されながら暮らしてきた。今も特に気に入らないこともなく生きている。何となく生きてこられたという表現が正解だ。
『生徒会長になれ』
『通知簿に書いてくれるわよ』
中学生のときも同じだ。この言葉は小学生のときよりも現実味を帯びていて、友だちからも高校へ行きたいときの評定や内申書に繋がるらしいことを聞いていたので、我ながら正しい選択をしたと信じていた。
『生徒会長になるんだろうな?』
『どうしてこんなことしたんだ?』
『勉強してるの?』
未来にとって、大人たちの質問は叱責や命令と同じだ。謝るしかないことを優しそうに聞いてくる。いつしか質問が怖くなった。する方もされる方もだ。
県大会にも出られない弱小テニス部などやめて、生徒会長になれと言われた。決定権はない。市が主催するボランティアにも行かされた。
『内申書に有利だからな。世の中数字だぞ。のほほんと生きている奴はバカだ。計算して計画するんだよ』
定期試験は、八割以上採ることが普通だと教えられた。通知簿には前向きな性格だと記された。
去年、両親の勧められた伊都高校へ入学してから、一年生の後半にも同じように言われた。成績は八割以上、生徒会に入ること。両親は何一つ変わっていない。生まれてこれまで何一つ、両親は成長していない。大人は成長しなくていいのか。
『運動なんて、おまえみたいな下手くそがするのは中学までだろう。進学校なんだから勉強しろよ。自称でもな。両立できるはずがないからやめろ。人生は要領だよ』
今、平良家は父を怒らせないことで成立しているように思えた。特に母の人生は父の機嫌に左右されていたように思う。テレビで野球を観ては文句を言い、理解できない新しい歌手を下手だと否定している。必死でがんばる人を笑い、金持ちを妬んで、いつも試験の結果のみで子どもを判断していた。仕事の愚痴を言うので、未来は働いてもいないのに父の職場の人間関係を知っていた。こちらが何か言おうならば、十七歳風情がとネチネチ許してくれないので、今は面倒になって会話もない。
『高校生なんて口だけだよ。結局大人がしてくれないと何もできないくせに。何が自治だ、民主主義だ』
高校入学後、未来は見えない壁にぶち当たっている。小・中学生までは、教師の言うように進められていて「生徒会ごっこ」のようなものだったが、伊都高校では各部活動の予算、部活動の課外活動の許可、備品の改善なども生徒会で議論する。
ただ形式的に許可を出すだけのことも多いのだが、それでも自治を重んじるという校風の中、すべきことが多くて、自分の決断力、プレゼンテーション力のなさに潮風も苦い。
『おまえらは「自称」進学校のくせに偉そうなんだ。そんなことしてて大学なんて行けるのか?近頃の大卒は頭だけで使えん。ゆとり世代はこれだからダメなんだよな』
父はいくらでも愚痴が出る。楽しいことないのかなと思える。釣り部を創ろうとしている「長坂」の方が充実している。そしてそんな憎むべき親がいなければ生きてもいけない自分がもどかしい。
教師は、文部科学省から通達された指導要綱に沿ったカリキュラムを組んで、生徒会は空いた日にちに行事日程を入れ、職員室と対等に話し合うことになる。行事や日程については、だいたいお互いに妥協点があることが多いので揉めることもなく、話し合いも早期に解決する。
『自販機の問題なんてバカバカしい。こんなもんはおまえらがどう足掻いても県や市が決めるんだ。子どもに何ができる。大人がやる』
お父さんがやるのではない。今まで何かしてきたのか。伊都高校のことを悪く言うけど、二人の卒業した高校は廃校だ。少なくとも伊都高校は残っている。
『未来、お父さんはあなたのこと思ってくれてるの。悪気があるわけじゃないのよ。だからね』
お母さん自身はどう思っているのだろうか。いつも父に隠れている。二人とも高校生のときに自分で何かしたのこ。すぐ成績や内申書なんて言うけど。
今、伊都高校の生徒会の懸案は自販機を導入することにある。そう。どこにでもある自販機だ。運動部からの要求で、生徒会が議論と提案をしてきて十年ほど、熱中症のことが言われはじめた頃、毎年議題になってはいるが、今のところ導入はできていない。
伊都高校は海が見える丘の上にあるので近くに店がない。登校してしまえば、飲みものを買うことすらできなくなる。少子化の影響もあって、かつては放課後まで営業していた購買部も、学食も昼休み限定になってしまい、放課後に何も買えないという問題が生じていた。
生徒会は、学校側に自販機導入を打診したのだが、学校はプロセスを踏むようにと拒否した。ランニングコスト、ごみ問題、業者選定問題、高校生だけでは解決できないだろうと言われ、伝統的に学校と生徒の話し合いという議論を通してでなければ不可能らしい。自由と自治とは面倒なものだと、桜も煤けて見える。
未来は、背後で鳴らされたクラクションに驚いて、桜の生える土手に避けて車を見送った。自販機導入なんてつまらないことにとらわれている自分がいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます