高校生ときどき恋、ところにより大人
へのぽん
西から来た魔法使い
いつのときだったろうか?
高野は釣りをしているとき、どうしてボランティアをしているのか尋ねた。この彼自身が里親なわけではなく、彼は里親に頼まれて里子の勉強などを見てくれていたので、これは補助金などカネが目的ではさそうだなと思った頃だ。
『巻き込まれたんや。たまたま二藤さんが里親はじめたからヘルプに呼ばれた。それだけや』
『かわいそうだからとかなくて?』
『おまえらガキが欲しいのは自由とカネやん。スマホ、小遣い、門限や。正直うんざりする。大人になれば手に入るもんや』
『だからこそ早く欲しい』
『わからんでもないけど、我慢すること覚えんと。失うもんある』
『失うもの』
『ぬくもりや』
一言ボソッと言うと、やわらかにしなる竿を振り上げた。この竿が空を裂く音にはビクッとさせられる。動いている潮の下、魚が左右に藻掻いていた。竿は折れるくらいに手もと近くで曲がっていた。
魚を泳がせるままにした。
『おまえは賢いから話したる。里親の迷惑になるから言うてないんやけどな。俺の父親はヤクザやったんや。俺の一生は親の足跡を消すことに費やしてきた』
『お母さんは……』
『愛人や。店持たせてもろて、スナックの二階に住んでてな。夏の夜に湿気た布団に吐血して死んだ。夏痩せや言うてたけどな。ヤクザの愛人なんか誰も相手にしてくれん。稼がれへんだら親父も相手にせんだわ。教育とやらにええことない話か』
『後は?』
『後?俺か。一人や。カネはくれた。まだバブルやったし。そやけど人様泣かせたカネや知ってるけど、背に腹は代えられんだ。大学は奨学金で何とかや。』
『勉強したんですか』
母親が死んで、父親がヤクザな環境下で勉強などできるのだろうかと思った。
『勉強したよ。俺もあんな生き方するんや思うと怖うてな。まっとうに社会人になりたかった。でも心配いらん。親は親、子は子なんや。現に俺ええ奴やろ?』
『ハハハ……』
『笑うなよ。マジでええ奴やんけ』
『何で帰ってきたんてすか。都会で社会人やってたらよかったのに』
『帰ってこい言われたんや。売れもせん土地とか不動産とか管理するのに人がいる。何人目かの嫁さんにも逃げられてな。人様のカネで生きてきたガキの務めや。おしまいまで見てやるのはな』
『でも悪いのは……』
『親や。でも世間はそう見てくれん』
厳しい表情で海を見つめていた。
『俺はおまえが親と離れて正解やと思うてる。かわいそうなん思わん。死にたいんなら死ねばええし、それまで生きてみ』
『ひとまず……ですか。俺、人を好きになることあるんですかね』
『ある。まおまえの場合、好きになってもろて、その人からからいっぱい好きをもらうんや。そうしたらおまえは凪いだ世界から抜け出せるはずや』
『凪いだ海……』
『好きになるのもなってもらうのも同じだけ力いる。恋愛しろ。質量保存の法則や』
『質量保存……』
『おまえの心の底にでこぼこあるやろ。でこぼこある子らと会えればええな』
二人で海を見つめた。
大人の彼はヒュンと竿を上げた。
☆☆☆☆☆
未来が学校から帰ると、父が未来を逆撫でするように笑いながら話しかけてきた。くたびれて帰るたびに、いつからこんなに気が合わなくなったのだろうかと落ち込んでしまう。
「生徒会どうしたんだ?」
「当選した」
「おまえんところの学校、六月下旬に自販機入れるらしいぞ。PTAと市の防災課から市議会と県議会通じて頼んであるらしい」
「そうなんだ」
「まだ誰にも言うなよ。結局おまえらの討論とやらの意味ないよな」
未来は動揺を隠して自室に入ると、制服を脱いでバスタブで膝を抱えた。手探りでシャワーヘッドを手繰り寄せると、叩きつけるほど勢いのある熱いお湯を頭にかけて涙を流した。
「もお!何なのよお!」
話したい。高野に聞いてほしいし、どんな意見でもいいから聞きたい。髪を洗い、乾かしもしないで自室のベットでスマホを持った。打ち込んで、既読がついた。話されても困るよねと思いながら、打とうかどうか悩んだ。
『話したいことがある』
『どうしたんや』
「話したい。今すぐ」
呼び出しが鳴った。今電話をかけてきてくれるのかと小刻みに震えた。未来はベッドに額を押しつけて泣いた。どこもかしこも見えなくなるほど暗く、こめかみがズキズキした。
「声が聞きたくて」
『何やねん、それは。俺みたいな暗い声でもいいのな。おめでとうやで。緊張したわ』
「ごめんなさい」
『どうしてん』
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
高野につらいこと話させて、こんな結末なんてありえない。出会ってからずっと彼はつらいままなんじゃないかと思うと、どうしようもなく喉が締めつけられる思いがした。高野のやさしさと強さに違和感を持ったのに、暴力にさらされるまで向き合おうともしていなかった。
ドアがノックする音が聞こえて、廊下から母が遠慮気味にごはんだと伝えてきた。未来は電話をしながら裸足の足でドアストッパーをドアの下に突っ込んだ。フロア材がキズついて削れるほどプラスチックを何度も蹴飛ばした。
「うるさいっ!開けるなっ!」
「未来、お父さんも悪気があるわけじゃ」
「もうあんたも黙れ!」
ドアに背をつけて膝を抱えた。半パンの膝が見る見る涙で濃紺に濡れた。もう涙か鼻水か髪の毛の水かわからない。手の平で何度拭っても止まらない。手の甲で唇を拭い、濡れたバスタオルに顔を伏せた。スマホの画面の中で通話時間だけが進んだ。高野からの声もない。でも繋がっていてくれることはわかった。
「ごはん。置いとくわね」
「もういいから構わないでよ。わたしのことなんてほっといて」
「お父さんも少し反省……」
「お願いだから消えて!あんたたちなんて死んでしまえばいいのよ!」
『平良?』
呼ばれた気がした。
スマホを耳にあてた。
「ごめんなさい」
『言葉が荒すぎやで』
「うん。会いたい、今。そっちへ行く」
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