最終話:火の名を持つ花
風は、燃える木々の間をすり抜け、 囁くように少女の耳元で名前を呼んだ。
――槇篝。
その名は、かつて誰にも許されぬとされ、 火と共に封じられた「咲いてはならぬ花」の名だった。
灰植の村は、今まさに燃えていた。 花を咲かせる土地ではなく、咲いた花ごと燃やすことで、 過去を、因縁を、血脈を断とうとする村人たちの業火。
けれど、その中心で槇篝は、ただ立っていた。
「この火は、私の罪ではない」
静かに、しかし確かに言った。
「私を贄に選んだのは、この村であり…… 私が咲くことを許さなかったのは、あなたたちだ」
誰も、言葉を返せなかった。
律が、その背に手を置く。
「……ならば、今咲いて。お姉ちゃんと一緒に」
美香が、涙をぬぐいながら、笑った。
「うん……きっともう、大丈夫だから」
ともとちよも、その場に立ち会っていた。 それぞれの手に、小さな灯火。 それは、希望ではなく、覚悟の火だった。
槇篝は、すっと目を閉じると、 一歩、火の中へと踏み出した。
燃え上がる業火が、彼女の髪を、肌を、纏う衣を焦がす。 だが、その姿は苦しみではなく―― むしろ、神々しさを帯びていた。
やがて風が変わった。
吹き荒ぶ火を押しとどめるように、 灰の舞う空に、一本の光が立ち上がる。
「……火よ、私を焼くな。 私が、火となろう」
その言葉と共に、彼女は咲いた。
火の名を持つ花。 贄として、否。
少女として――生きて咲いた。
その日から、灰植の村に咲くはずのなかった花が、 誰に命じられるでもなく、ただ静かに、 春を待ち、秋に種を残すようになった。
そしてその根は、深く、遠くへ―― もう二度と、誰かを焼かぬように。 もう二度と、誰かが咲くことを禁じられぬように。
火となった少女の名は、今も語られている。
名を、槇篝という。
贄として咲く、少女の名は火となる エグジット @rp_no_Yokensu
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