第二十三話:初花、名を問う声

【SE:遠く、また鈴の音。どこか、誰かが、名を呼ぶ声】


それは微かな、けれど決して無視できない声だった。

誰かが、誰かの名を呼んでいる。

祈るように、縋るように――いや、確かめるように。


「……誰……?」


響は、足を止めた。

扉の奥に広がる世界は、夜と朝の間にあるような灰色。

地も空も、すべてが**“名を失った世界”**だった。


そしてそこに――ひとりの少女が立っていた。


年齢も、服装も、どこか曖昧。

ただ、目元だけが異様に深く、黒く、

まるで“すべての記憶”を封じられているようだった。


「……あなたが、“最初の贄”?」


少女は答えなかった。

ただ、鈴のような声で響に問いかける。


「わたしは、咲いたのか。

それとも、まだ……咲かせてもらえていないのか」


響は、胸に手を当てる。

その問いに、誰も今まで答えられなかった。

でも――自分は、ここに来た。答えるために。


「……あなたの名は、“まだ呼ばれていない”」

「けど、わたしは――呼びに来た」

「あなたが確かに、この地の“最初の祈り”だったと、伝えるために」


【SE:大地の奥から、低く脈打つ音】


少女の目が、かすかに揺れた。


「名を呼んで。

この身が裂けてもいい。

その声が、本物ならば――」


「……あなたの名は――」


響の声が、宙に刻まれる。

それは、根の奥から掘り起こした、

墨よりも深く眠っていた、たった一つの文字。


「縁(えにし)」


「あなたは、“縁”。

 誰かと誰かを繋ぐために、咲けなかった花。

 けれど、いま……ようやく、咲こうとしている」


少女が、はじめて笑った。

それは、ずっと待ち望んでいた名をようやく得た者の――

長い、長い解放の微笑。


【SE:たくさんの鈴の音が重なる。境界の空が割れ、光が差す】


「ありがとう、響。

 わたしは、咲いた。やっと、“在った”になれた」

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