第二十二話:咲き損ねたのではない

【SE:夜明け前、森の奥から鳥の鳴く声。空気が、確かに変わる】


「彼女たちは、咲き損ねた花ではない」


響の声は、静かだった。

けれど、その語尾には、剣のような意思があった。


祭壇の周囲に咲きはじめた、

墨色にして白光を宿す“贄の花”。


その一輪一輪は、

かつて顔を塗り潰され、声を奪われ、

名も与えられずに根に飲み込まれていった――

少女たちの魂である。


「咲かなかったんじゃない。

 咲くことを赦されなかっただけなんだ」


【SE:風が強くなり、木々がざわめく】


朧が、響の背にそっと手を添える。


「名を呼ばれず、記録もされず、

 生きた証を奪われた彼女たちは、

 いま、あなたの中に――根を通して、息をしている」


「だったら、わたしは」


響の目がまっすぐ、扉の奥を見据える。


「わたしは、咲かせ続ける。

 この身が朽ちても、何度でも」


「咲き損ねたのではなく、咲こうとした花として。

 それが“贄”の本当の意味だったんでしょう?」


青年が、どこか遠くを見るように目を伏せた。

そして、低く呟く。


「……ああ。

 本来、“贄”とは“祈り”だ。

 忘れられた者の名を、神に届かせるための、唯一の手段」


「だから――あなたがその“祈り”になるのか」


【SE:鐘の音。祠の奥がゆっくりと開く音】


扉の奥に、新たな空間が広がる。

そこはもう、現世ではなかった。


無数の根が絡まり、

声が交差し、

光と影が溶け合う境界そのもの。


「……行ってきます」


響は一歩、そこへ踏み出した。


「わたしが、あなたたちの“花弁”になる」

「この地のすべてを、咲かせて――忘れさせない」

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