深夜のリモート

深海くじら🐋充電中🔌

令和七年五月二十八日

 午前二時を回ったのでZOOMを開きました。いつものルームで呼び出しをかけると、ほとんど間を置かず、彼が入室してきます。


「起きてた? よね」


 もちろん。と彼は応えます。画面の向こうで、部屋着のTシャツに載せた顔を少し上気させて。


「いま、終わったとこだよ。アポカリプスホテル」


「知ってる。それ狙って繋いだんだもん」


 東京に住んでる彼とつきあいはじめてもうじき一年半。今年は私も二十九になっちゃうし、そろそろ次のステップも考えたいかなって思ってるんだけど。


「いや、今日の展開はすごかったよ。ヤチヨさんがぐれちゃってさ……」


「あ、そーゆーこと言っちゃう? こっちはまだなのに」


 つきあい出す前からなんとなくはわかってたけど、彼は真性のアニメおたく。しかもテキスト界隈でなら絶滅危惧種にすら指定されているSF屋さん。学生時代にはSF研に入ってたって云うほどの、根っからのそっち系です。書いてる小説もたいていはSFばっかだし。

 まあ、かく言う私も嫌いではないんですけどね、SF。


「ごめんごめん。つい、同じ感覚になっちゃって」


「言ってるでしょ。こっちは地上波ではやってないって」


 しきりに謝ってる姿に十分納得してるんだけど、つい駄目押ししちゃう。ふだん逢えないから、フラストレーション溜まってるのかな、私。


「あっちは見たんだよね。リアタイで」


「上田さんのやつね。見たよ。一時間まるまる」


「上田さんのって言わない!」


 いつもと同じやりとりに、私の顔もほころびます。

 ホンットこだわるのよね、あの界隈の人たちって。タイトルや枠組みなんてどうでもいいじゃないって思うんだけど。


「前回からの加速感がすごいよね。第7話でギヤがふたつくらい上がったっていうかさ」


 前のめりになってる彼は、普通に一緒にいるときよりだいぶ若く見えます。ていうか、学生さんみたい。


「今日のって、前に映画館で観たのだよね」


「そ。前半の十五分ね。しかし、うまいこと編集するよね。後半のGFreDジフレド登場シークエンスと見事に調和してるし。変形したソロモンが象徴的に描かれててめっちゃエモい」


 好きなことを熱く語ってる彼は可愛い。

 一月の終わりに東京に行った際の、一緒に観にいった映画館での彼を思い出します。念押しされたペイドチャンネルでファーストを一気見したてだった私に、次から次へと関連情報を披瀝する姿には、さすがの私も引き気味になったっけ。でも、好きなものを好きだって語れないよりは、よほどいい。


「あのとげとげの星」


「ソロモンね。こんぺいとうとも言うけど」


「あれって月の周りを回ってるのよね」


「そうだね。五年前の月にぶつける作戦で落ちてきたのが、直前のゼクノヴァでの質量消失でモーメントが変わって、今はかなりの低軌道を高速で回ってるって感じなんだろうね」


「月の衛星さんなんだ」


 そうそう、と頷く彼。私から話を振られるのが嬉しそう。


「だから『月に墜ちる』なのね」


「あのサブタイトルもいいよね! 過去パートが『墜ちる』で現在パートが『堕ちる』。ああいうサブタイの仕込み、自分のでも使ってみたいよ。なんていうか、やられたって感じ」


 彼の熱弁は、このあとも続きます。脚本の妙やキャラクターの仕草、ほんのひとこと名前を呼ばせるだけで、膨大な量の過去のコンテキストをも蘇らせることができるコンテンツの力。たった十五秒にも満たない次回予告でも、1カットでそれと同じ事をしてる、って。


「あれ見終えると、毎回思うことがあるんだ」


 時刻はもう三時を過ぎている。平日の夜更かしとしては完全にタイムオーバー。でも、もっと話を聞いていたい私は言葉で促します。


「どんなことを?」


「学生のときは三日と空けず仲間たちで集まって、酒飲みながらこんな話ばっかりしてたんだ。でも卒業してからこっち、誰とも会ってない」


 先生とは毎年年末に会ってるじゃない、なんて無粋な混ぜっ返しはしません。


「杜陸やら仙台やら千葉やらで、それぞれがそれぞれの仕事や生活を送ってるんだろうって想像するだけ。もうね、道は完全に分かれてて、交差する予感さえないんだ」


 そういうものかもしれない。私だって高校のときに仲の良かった子たちとも、二年前のあの二次会以来会ってない。同じ街に住んでてもそんななのだから、彼と彼の友だちのように距離が開いてしまったら、旧交を暖めるなんて絶望的なことなのかも。

 でもね、と彼は顔を上げました。


「あれを見終えたとき、僕は気づくんだ。今、この時間、あいつらも間違いなくTVの前にいて、僕と同じ気持ちになってるってね。共通の興味、共通の記憶から導き出された新しいコンテンツを前にして、たとえひとりひとりに分断されたとしても、あのころ同じ目線で立っていた僕らが見逃すはずはない」


 カメラを見据えてる強い瞳が、ふっと和らぎました。


「そういう絶対の信頼をね、僕は思い出すんだ」


 私も憶い出す。

 私の中で、彼がまだひとつになっていなかったころ、同じ番組を見て同じような想いをチャットで伝え合った夜のこと。


「そういえば!」


 ことさらの熱を込めて、私は話を割り込ませます。


「前にいっしょに行きたいって言ったあれ、今年こそは観にいかない?」


「あれ?」


 いぶかしげに首をひねる彼。思い出してくれるかな?


「展示会の少し前、突然始まったあのチャットで……」


 ああ、と声を上げた彼の顔に笑みが広がりました。あのときの想い、ちゃんと彼も憶えていてくれてる。

 彼の口許が動くのを、私は黙って見つめました。


「おわら、風の盆。いいね。今年の秋は一緒に行こう」

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