3話 やっぱり彼女はいないんだ。

幼馴染に担がれてどれほどの時間が経っただろうか。

男として女子に担がれることに羞恥心を感じつつも、また別の女子…いや女性にその姿を見送られてからどれほど経っただろうか。


「なぁ…、もうかなり時間経ってると思うんだけど、まだつかないの?」


揺れて喋りづらいものの、聞こえるようにキツキに話しかける。


「んー?あともう少し!」


こいつのもう「少し」は信用できない。実は数十分前に一度同じようなやり取りをしているからだ。それなのに、未だ僕は彼女の肩の上で揺られている。どこが少しなんだよ。


まだ、当分キツキに担がれながら揺られるのが続くだろうな。担がれてかなり時間が経っているが本人は辛くないのだろうか?僕を担いだまま走るのは辛くないのだろうか?など変な心配が出てくる。


屈強なガタイをしているといえど、175センチ65キロの男子を左肩に担いだ上でかなりのスピードで走っているのは女性としてはだいぶ屈強すぎるというか…。その上で息も切れている様子はない。いくら陸上をやっていたとはいえタフすぎる。


やっぱり違うんだ。彼女は。


僕の知っているキツキじゃないんだ。


「ついた!」


急な到着報告と急停止で僕の体は驚いた。


「急に止まるなよ!危ないだろ!」


そう息巻いてみるも息を巻いた方向が方向なだけに、情けない気持ちでいっぱいになった。視界には彼女の腕と自分のお尻が映っている。これだけで自分が担がれているということを自覚するのはとても十分だった。情けなさは徐々に僕の心拍数を上げ、血の巡りを良くする。この感覚が自分でわかってしまうのが余計に僕の羞恥心を増大させた。そんな僕の気持ちを差し置いて、彼女はヨイショと言って僕をおろし、肩をぐりぐり回す。


「今度は自分の足で走ってね」

「…誰のせいで自分の足で走れなかったと思ってるんだよ。」


情けなさと羞恥心でいっぱいの心の内を悟られたくない。その思いで顔を背け、精一杯言い返す。さっきのやりとりのように、また何か言い返してくるのかと思ったが、キツキは特に何も言い返すこともなかった。気になった僕は悟られないように顔を最低限見られないような角度で彼女を見る。すると彼女はなんだか恥ずかしそうに、そして照くさそうに、僕の返しにいたずらっ子のように笑っただけだった。


彼女が特に言い返すこともなく、ただ笑っただけということに、少し歯切れの悪さを感じた。

調子が狂うな…。


おろしてもらったものの羞恥心は消えず、歯切れの悪い感覚も残っている。これだけキツキに精神的な苦痛を与えられたものの、それを凌駕する存在が僕たちの目の前にあった。


「ここが…!」

「そう!ここが!私ら”POP”が働くアジトだよ!ってなんで説明してんだろ…私。」


僕の初見のような反応(本当に初見)の流れで彼女もつい出てしまったのだろう。我に帰ったような彼女の表情を見るに、本当に意図せずに出たわけではないようだ。

これが意図して出ているものだったら色々と怖い。


”僕ら”POPが働くアジトは、とても大きいツギハギだらけの一軒家。築50年を超えて点検業者を呼ばず、壊れたところは自分で修復したような歪さがあり、少し見窄らしい感じがある。大きさだけはあり、家族3世帯が住めそうな家だ。


「何ボケっと見てるの!早く入らないと!」


その大きさがゆえに少し見惚れていたのだろう。じっと見ている僕にとキツキがそう言って急かしてきた。そして僕たちは遅刻しているということを思い出す。慌てるキツキに続くように慌てて玄関へと向かった。


玄関の前に立つと、キツキは息を整え、ゆっくりと丸いドアノブに手をかけた。そしてゆっくりとドアノブを右に回す。中に入るのを悟られないようになのか一つ一つの動作がやけにゆっくりだ。と言ってもここはどう見たって正面玄関。どれだけ静かに入ったところでバレるのは必然。


「遅いぞ!お前ら!」


ほらね。バレた。

拠点に入るといの一番に怒声を浴びせられるキツキと僕。そのデカすぎる声に僕もキツキも目眩しを食らったようなひしゃげた顔になってしまった。


「ひゃ、ひゃい!ごめんなさい!」


噛みながらも懸命に謝るキツキ。僕も謝ろうと思ったが、怒声のデカさに萎縮してしまい、声が出なかった。


怒声の主はその声の大きさからわかるほど大き図体をしている。わざわざ僕が視界に入れるまでもない。サトコ、ナガコと同じくらいだろうか?いやそれ以上かもしれない。


しかし、その体格とは裏腹に、そのデカすぎる巨体がはみでるほど小さなソファに座っている。とてもアンバランスな見た目だがこれはこれで整っているように見える。


そしてソファの横にはソファと同じ背丈ほどの小さな女の子がちょこんと立っていた。女の子も僕とキツキを冷めた目で見つめてきている。


僕自身彼らとは初めて出会う。そのはずがどこか見たことのある既視感を感じていた。これも今までのこの世界の僕の記憶が僕の中に流れ込んできているからだろうか。不思議な感覚に囚われているせいで僕は彼らを凝視していた。向こうは見られていることを気にもとめていない様子だ。


「!」


見続けていると、頭の中に情報が流れ込くるという、またしても不思議な感覚が僕を襲う。先ほどとは少し違う感じだ。この感覚もまた嫌な感じはしない。流れ込んできた情報は目の前にいる二人の名前らしい文字の羅列。巨漢のリーダーの名前はミスターコーン。そしてその横に立っている女の子の名前はソノコとそれぞれ文字列が流れ込んできていた。ソノコはまだわかるが、リーダーに関しては明らか本名っぽくない。本名だとしたら名付けた親の顔が見てみたいものだ。


「他の奴らは挨拶を終えてもう作業に入っているんだぞ!なのにお前らときたらいつもいつも…!。」


言いかけたところでため息をつく巨漢。この世界の僕は僕が思っているほど、バカをやっているヤンチャなガキなようだ。


「ため息だわ…。毎回遅刻してくるなんて、本当にクビにして欲しいのかしら。」


独特な入りから話し始めるのはソノコだ。幼女のようなちんまりとした体格とは裏腹に、その口調からかなり大人びた性格をしているのがわかる。まるで名探偵コナンの⚪︎原さんみたいだ。


「ごめんなさい…。こいつが走らないから…。」


しゅんとした表情で僕を指さすキツキ。


「はぁ?お前が勝手に担いだんだろ?なんで僕のせいにするんだよ!」

「走ったところで遅いじゃん!絶対間に合わなかったもん!」


担いだところで間に合っていないだろ…。


「担いだところで間に合っていないんだから関係ないと思うけど?」


ソノコは僕が思ったことと同じことをはっきりと口にしてバッサリと切り捨てた。


「…はいぃ。…すみません…。」


ソノコのツッコミにさらにしょぼくれるキツキ。


「もういい、お前らは遅れてきた分、残業してもらうからな。」

「ええ!そんな殺生な!」

「何か文句でも?」

「いえ、ありません…。」


ここまで小さくなったキツキはもう僕を担ぐことができないだろうな。逆に僕でもかつげそうなくらい小さくなっている。


「ならばよし。さっさと道具を持ってファームに迎え。」

「はぁい…。」


肩を落としながら前へと進み出るキツキ。残業は確かに嫌だが、遅刻してきた分働くと考えたらそんな悪いことではない。というか僕たちが迷惑をかけたんだ。それくらいなら当然だろう。彼女の落ち込み方的にそんなことは考えていない。ただ単純に「残業をする」という事実が嫌なんだろう。


キツキらしい。

体格的な部分は多少違うものの、顔や傷、彼女のこの単調でバカな性格が僕の知っているキツキそのものだ。

やはり彼女は僕の知っているキツキなのかもしれない。


そう思うと今まで頭の隅に置いていた負の感情としっかりと向き合える気がした。今まで嫌なことや混乱するような出来事で情緒がおかしくなりかけていたが、それすらも今はなんとかできるんじゃないかという無敵感が僕の心を覆っていた。


しかしこの無敵感は一瞬で消え去ってしまった。なぜなら彼女が消えていったからだ。といっても、その場から一瞬で姿を消したわけではない。

黒い影が彼女の存在を消すように徐々に飲み込んでいったのだ。影を作っているのはこの建物とミスターコーンの巨大すぎる体。ただファームに必要な道具を取りに行っただけで本当に消えたわけではない。そうわかってはいても、僕の先ほどまでに感じていた無敵感を心から剥ぎ、絶望を与えるには十分だった。


そうだ、彼女はもういない。

本物の彼女は僕が殺してしまったんだ。

ここにいるキツキは、僕の知っているキツキではないんだよ。


担がれた時ももちろんキツキ本人じゃないんだと思った。ただ、この時の「思った」は、ふと思った程度で絶望をするほどではない。当然だ。彼女担がれていたからだ。僕のそばにいたからだ。


しかし、今回は違う。彼女は目前から消えていった。


キツキを失ったことで空いた心の穴。彼女とのやり取りを重ねていくうちに埋めることができている気がしていた。でも本当は、本当に「気がしている」だけだったんだ。彼女を失ったことに変わりはない。それに「あの日」を境に自分が感じるようになった、罪悪感も、無力感も、僕の存在を全て否定するかのように湧き立ち始める。


「ん?何をぼけっとしている?さっさといつも通り仕事に取り掛れって言ってんだ。」


ミスターコーンは僕に呼びかけた。そんな彼の目もまた僕を否定的に、そして攻撃的にみているような気がした。被害妄想だとわかっていても、そう感じずにはいられなかった。


「…はい。」


僕は言われるがまま、キツキの後を追うようにコーンの影へと消えていくことしかできなかった。


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