第31話 名前のないハーモニー

文化祭本番が、目前に迫っていた。


 六人はいつもの音楽室に集まり、通し練習を繰り返していた。けれど、音はどこか“噛み合わない”。


「ごめん、私、今のとこ間違えた」


 心音が苦笑いを浮かべると、美月がそれをかぶせるように言った。


「違う。心音のせいじゃないよ。たぶん……私も、焦ってるのかも」


 室内に、沈黙が流れた。


 譜面には正しい音が並んでいる。

 でも、そのどれもが「響かない」。


「不協和音……って、こういうこと?」


 ぽつりと澄香が言った言葉に、誰も否定できなかった。





「ねえ、私たち……どうして、今、合わないのかな」


 綾乃が静かに問いかけた。


 陸は、膝の上で弓を持ったまま、しばらく黙っていた。そして口を開く。


「……それぞれが、ひとりで演奏してる気がするんだ」


「どういう意味?」と心音が問う。


「自分の音を、誰かに届けることばかり考えて……誰かの音を“聴く”こと、忘れてたかもしれない」


 その言葉に、美月が目を伏せた。


「……私、ずっと心音のこと、意識してた。奏多の隣にいるのが、羨ましかった」


「私もだよ」と心音がぽつりと返す。


「美月の音、澄香の音……全部が、まぶしくて。自分がここにいていいのか、わかんなくなる時があった」


 それを聞いた澄香も、小さく笑った。


「私も、ずっと……皆が、怖かった。私の音なんか、誰も必要としてないんじゃないかって」


 重なる“言えなかった気持ち”。

 でも今、すべての音が「本当の声」になっていた。





「じゃあ、さ──次の一回、本番だと思って弾いてみよう」


 奏多が立ち上がり、譜面を閉じて言った。


「譜面にある音じゃなくて、“誰に何を届けたいか”を、音にしよう。ルールも正解もいらない。6人の、今だけのハーモニーをさ」


 それは、彼にしては珍しい、感情のこもった言葉だった。





 誰もが小さく頷き、楽器を構える。


 音楽室に再び響く、最初の旋律。

 でも今までと違うのは、それが「名前のない思い」から始まっているということ。


 ひとりのための音ではなく、誰かと“分かち合う”音。


 不協和音は、やがて時間をかけて調和へと変わっていく。


 重なり、溶け合い、混ざり合う六つの音。

 まるで誰かの気持ちが、そっと背中を押してくれるような旋律。


 涙が、こぼれた。

 けれどそれは、悲しみではなかった。





 最後の一音が静かに消えたとき──

 全員が、黙ったまま、微笑み合っていた。


 言葉はいらない。

 あの瞬間、あの音こそが、六人だけの“答え”だった。

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