第30話 それぞれのソロ

放課後の音楽室には、ひとりずつの旋律が響いていた。


 曲の中盤には、各自が“自分らしさ”を表現するソロパートが用意された。

 それぞれの音に、言葉にできない想いを込めるため──彼らは今、ひとりきりで音と向き合っていた。





 石井澄香。

 フルートのソロは、静寂の中に咲く花のような旋律だった。

 音を出すたび、胸の奥に浮かぶのは過去の自分。


(私は、いつも正しさばかりを求めていた。けれど──)


 心音や美月の自由な音を聴くたびに、心が揺れた。

 嫉妬だった。でも今は、それが「憧れ」に変わっている。


(音楽は、比べるものじゃない。届けたいものがあれば、それでいい)


 そう思えたとき、澄香の音には、確かに“彼女自身”が宿っていた。




 朝比奈美月。

 オーボエの音色は、どこか切なく、だけど力強かった。

 心音と奏多の距離が近づいていくのを感じるたび、胸が痛んだ。


(……私も、同じ人を見てたんだって、気づいたの。あの日、隣で笑ってた彼に)


 けれど、彼女はその痛みすら音に変えていく。


(想いは、伝えなければ残らない。音楽でしか言えないなら、私は音にする)


 恋と友情、その狭間に揺れる彼女のソロは、誰よりも「まっすぐ」だった。





 佐伯陸。

 チェロを弾く彼の背中は、ひときわ大きく見えた。

 彼にとって音楽は、いつも「黙っていても届くもの」だった。


(綾乃がいると、音がやわらかくなる。あの子が隣にいると、弓が自然に走る)


 でも、綾乃が奏多に時折向ける視線に、言い知れない不安が滲む。


(言葉にしなきゃ、届かないのかな……)


 低く響く彼のチェロが、まるで問いかけるように音楽室に広がった。





 三島綾乃。

 第二ヴァイオリンの旋律は、表に出にくい。でも彼女は、どんなときも音の「つなぎ手」だった。


(私の音は、主役じゃない。でも、誰かと誰かを繋ぐ役目がある)


 心音と奏多。

 美月と澄香。

 陸と自分。


 全員が、少しずつ違う方向を見ながらも、音楽でひとつになろうとしている。


(もしもこの曲が、私たちを繋ぎとめる糸だとしたら──切らせない)


 彼女の音が、小さな火のように、全員の心をあたためていた。




 6人それぞれのソロが、音としてだけでなく、想いとして紡がれていく。

 やがてその旋律たちは、ひとつの「和音」へと向かい始める。

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