第28話 プレリュード─はじまりの音─

秋が深まり、文化祭の準備が本格化してきた。


 学園中がざわついた雰囲気のなか、音楽室では、再び集まった六人が音を重ねていた。

 心音、綾乃、美月、澄香、陸、そして奏多──。

 それぞれの音が、少しずつ調和を取り戻していた。


「……いまのとこ、悪くないよね」


 演奏を終え、美月が肩を回しながら言う。


「でもまだ、何かが足りない」


 そう呟いたのは、心音だった。音は合っている。でも、それだけじゃ届かない気がする。


「それ、わかるかも」

と綾乃が小さく頷く。


 「“正しい”だけじゃ、空気を震わせられないよね」


 彼女のその言葉に、澄香は小さく目を伏せた。


 そこへ、陸がぽつりと呟く。


「じゃあ、さ。文化祭の演奏……自分たちで曲、作らない?」


 一同が一斉に顔を上げた。


「自作曲!? 無謀じゃない……?」

美月が目を丸くする。


「でも、面白そう」

と奏多が口元を緩めた。

「既存の曲じゃ、俺たち六人の“今”は、表現できない気がするんだよ」


 その提案に、心音の胸が騒いだ。


 (このメンバーで作る、私たちの音……)


 「やろう」

と心音が口を開いた。

「きっと、誰かに伝わる音になると思う」


 「決まりだね」

澄香が笑った。先週までの彼女にはなかった、柔らかい微笑だった。





 数日後。

 昼休みの中庭。


 心音は、譜面ノートを抱えてひとり考え事をしていた。

 そこへ、奏多が声をかけてきた。


「なに考えてるの?」


「旋律。始まりの部分の……“君の隣にいたい”って、気持ちを音でどう表せばいいのかって」


 その言葉に、奏多はしばし沈黙し、そしてゆっくり言った。


「じゃあさ。俺、隣に座ってみていい?」


 え? と戸惑う心音の隣に、彼は自然な動作で腰を下ろす。


「君の隣にいたいって、音で伝えるなら……まず、本当に隣にいるとこから、始めようかなって」


 ──心臓が、跳ねた。


 ふと見れば、風に揺れるページの上に、彼女がさっきまで悩んでいた旋律が描かれている。


 それは、まるで恋の予感のように、優しく、静かに始まっていた。

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