第27話 静かな再会

澄香がアンサンブルを離れて、ちょうど一週間が経った。


 その間も、練習は続けられていた。けれど五人の音は、どこか空虚で、どこか寂しげだった。

 特に、心音のヴァイオリンにはそれが顕著に表れていた。


 「……心音。無理に出さなくていいよ」


 そう言ったのは、綾乃だった。第二ヴァイオリンを担当する彼女は、心音とはタイプの異なる静かな子だが、誰よりも“音の表情”に敏感だった。


 「ありがとう。でも……出したいの。届かなくても、出したいの」


 そう応える心音の目は、弱さを越えて、どこか覚悟を湛えていた。





 その日の放課後。

 校舎の裏手の小さな中庭。


 澄香は、ひとりベンチに腰掛けて、空を見上げていた。


 春の雲が流れていく。鳥のさえずりが遠くに聞こえる。

 それでも、心の中の雑音は消えなかった。


 ──戻りたい。でも、戻るのが怖い。

 また、誰かと比べてしまう自分が嫌だった。


 そのときだった。


「……ここにいると思った」


 聞き慣れた、低くて優しい声。振り返ると、佐伯陸がいた。


 チェロのケースを肩に、彼は少し照れたような顔をしている。


 「練習の帰り?」


 「うん。……でも、ちょっと寄り道」


 そう言って、彼は隣に腰を下ろす。


 澄香は、ほんの少しだけ身を引いた。


「……みんな、どうしてる?」


 「それなりにやってるよ。心音も頑張ってる。……でも、やっぱり澄香の音がないと、足りないって感じる」


 陸の言葉に、澄香は視線を落とした。


「……私、また比べちゃうと思う。心音と、自分と、……みんなと」


 「それでいいんじゃないか?」


 「え?」


 「比べて、悩んで、嫉妬して……それでも、音に向き合い続ける。それが、俺たちのアンサンブルなんじゃないかって思う」


 その言葉は、思いのほか温かかった。


 「……私の音、いる?」


 「もちろん」


 陸は、ためらいなく頷いた。


「俺は、澄香の音が好きだよ。誰かと比べた結果じゃなくて──澄香が出す、あのまっすぐな音が」


 その瞬間、澄香の目に光が宿った。


 ゆっくりと、風が吹く。


 ふたりの間に、沈黙が流れた。けれどそれは、以前のような重苦しいものではなかった。





 次の日の放課後。


 音楽室のドアが、静かに開いた。


「……おかえり」


 心音が微笑みながら言った。


 譜面台の前には、六人全員の楽器が並んでいた。

 澄香はゆっくりとうなずいて、フルートのケースを開いた。


 そして──


 再び、六人の音が重なりはじめた。


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