第17話 知らなかった音

週が明けても、発表会の余韻はクラスの中に残っていた。


 「神谷くんたち、めっちゃよかったよね!」

 「うん、ピアノとヴァイオリンのとこ、鳥肌立ったもん」


 そんな声が、心音の耳を通り過ぎていく。


 (届いたんだ、わたしの音も……きっと)


 まだ鼓動が少しだけ速い。

 でも、後悔はしていない。


 あの日、ベンチで美月と交わした言葉が背中を押してくれていた。

 今なら、言える気がした。ちゃんと「好きです」と。


 放課後、心音は意を決して音楽室へ向かった。


 奏多がいる。

 そう思って扉を開けた瞬間──


 「……来年は、音大に行くつもりです」


 誰かの声が聞こえた。


 「神谷くん、あの学校……やっぱり狙ってるんだ」


 それは、澄香と奏多の会話だった。

 扉の隙間から漏れるその声に、心音の足が止まる。


 「でも、心音は気づいてないんでしょ? あなたが──」


 「……澄香」


 奏多の声が遮った。いつになく低く、緊張を孕んでいた。


 「言わないでくれるか。まだ、伝えてない」


 心音は、息をのんだ。


 (……何? 何を、隠してるの?)


 胸がざわつく。

 扉を開けて入っていく勇気が、急にどこかへ行ってしまった。


 そのまま、静かに引き返す。


 足音を忍ばせながら、階段を降りていくと、

 胸の奥に鈍い痛みがじわじわと広がっていく。


 「……知らなかった、神谷くんのこと」


 同じ音を鳴らしたはずなのに、

 同じ未来を、想像していたと思っていたのに。


 (わたしだけが、立ち止まってる?)


 窓の外は、いつの間にか雨が降っていた。


 夕焼けも、空の青も見えなくなったグラウンドを見つめながら、

 心音は、自分の中で何かが“狂い始めている”ことに気づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る