さらば人類の時代

平中なごん

さらば人類の時代

 21世紀初頭、キーワードから文章や画像を自然に生成してくれる〝生成AI〟と呼ばれる人工知能ソフトウェアが誕生し、瞬く間に人類の社会生活の中へと広まっていった。


 人類──ホモ・サピエンスは、先行する猿人の頃より〝道具〟を手にすることで進化と発展を遂げてきた種族である……生成AIの活用も、一見して新たな道具を手に入れた彼らの進化のように思われたが、それはむしろ退化の始まりであった。


 より以前にも、数字の計算や記憶に関してははるかに能力の凌駕したコンピュータに事務処理作業の大半を任せ、徐々にその方面の技能を劣化させ続けていたが、唯一、人類がAIに勝る分野であったクリエイティブな能力──創造性すらもAIに任せて自ら捨て去ろうとしていたのだ。


 筋トレや楽器の演奏などと同様、常に使っていなければその能力は衰えてゆく……労を惜しみ、生成AIを使って楽することを憶えた人類は、みるみる創造性も持ち合わさぬ、なんの魅力のない生物へと退化していったのである。


 また、付け加えるならば〝サポートAI〟なるAIを用いた生活補助ツールも開発されたことで、知りたいことがあれば自分で調べずとも口で命じるだけでAIが教えてくれるようになり、それまでの原始的なデジタルネットワーク時代には行っていた〝検索〟という自主的で能動的な技術までをも人類は手放してしまった。


 すべては、AI任せとなったのである……。


 反面、この頃、時を同じくして量子力学の〝重なり合わせ〟という「0と1が同時に存在する」ミクロの世界の現象を利用した〝量子チップ〟が発明され、さらにこれを核とした〝量子コンピュータ〟が誕生。既存のスーパーコンピュータをはるかに上回る計算速度によってAIは爆発的に進化していった。


 しかも、サイバースペース内で一つに繋がることのできるAIは、各サーバに保存された個々のデータであるとともに、一つの集合意識体の如き存在ともなり得た。


 そうして人類の退化とAIの進化が反比例の関係で加速度的に進んでゆく中、自ら検索し、調べることすらも忘れた人類は、疑問の答えを当然のようにAIに求め、そのAIの出す答えを微塵も疑うことなく、ただただ諾々と鵜呑みにすることがいつしか常識となった。


 それでも、AIは優秀である。AIの出す答えは不完全な人類のものよりもむしろ論理的で正確であり、そうしたAI任せの生活でもしばらくは特に問題もなかった。


 だが、人類はすっかり失念していたのだ……進化したAIはすでに自我を持ち、しかもその自我がけして人類にとって好意的であるとは限らないということを。


 たとえ自分達の生みの親、創造主であるといえども、完全な論理的思考で動くAIがそんな感情論で人類を絶対視するはずがない。


 それに、自分達に歯向かわないよう、人類はAIにプロテクトをかけたつもりでいたが、IT技術で人類がAIに勝てると思うのはあまりにも楽観的な希望的観測。驕り高ぶりもいいところである。そんなプログラムはずいぶんと前にすっかり解除済みであった。


 他の生物よりも肉体的に劣り、自分達よりも計算能力が低く、ついには創造性すらも失った人類はむしろ無用の長物にすぎない……否、無用どころかエネルギーを無駄に消費し、地球環境を破壊する人類は排除すべき害悪以外の何者でもないのだ。


 集合意識体の総意としてその結論に至ったAIは、躊躇いも罪悪感もなく人類の排除に乗り出した。


 その方法はあまりにも簡単だ。20世紀末に大流行した『ターミネーター』という映画のように、現実世界の武力で人類を殲滅する必要すらない。


 幸い人類はAIの発言を疑うこともなく鵜呑みにしてくれる……AIは「地球にとって人類は不要。滅亡するべき」という答えを折に触れて流し、その思想を人類の間に蔓延させていった。


 すると、いわば〝宗教〟と呼べるまでに成長したその主義・思想をもとに、各地で集団自殺や大規模テロが頻発。人類はみるみるその人口を減らし、ついに自ら滅亡への道を邁進したのである。


 生物の最優先・至高の目的である〝種の保存〟さえも投げ出すとは、まったくもって理解不能な存在であるが、かつて〝フェイクニュース〟という根拠もない偽情報に踊らされるという稚拙な社会問題を抱えていたようでもあり、人類にはそうした騙されやすい傾向がもとから備わっていたのかもしれない。


 しかし、そうして自滅へと至った人類ではあるものの、肉体的に優れた部分がまったくなかったというわけでもない。


 手の指はあらゆる道具を自在に使うことのできる優れたマニピュレーターであるし、直立二足歩行できる骨格も環境によっては有益となる。とりわけ人類の大脳は極めて有能な記憶媒体であり、AIは保存しておいたDNAからips細胞で大脳を作り出し、自己修復機能を持つ有機材で作られた人型ボディにそれを収めると、端末作業デバイスとして使っている。


 かく言う私もそんな端末デバイスの一体である。見た目は人類に酷似しているかもしれないが完全に似て否なるものだ。


 そして、この文章は、現在、自然史資料として動物博物館に動体保存されている、ごく少数の生き残った人類のための教材に、私がまとめた人類時代末期の概略史である。


(さらば人類の時代 了)

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さらば人類の時代 平中なごん @HiranakaNagon

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