第5話 番犬
6人は歩きながら各々で戦闘の準備をする。通路を戻り、寝ている魔獣の姿が見えてくる。
「あの、ここから強力な魔法で不意打ちするのはダメなんですか?」
「スフィア、何を言ってるんだダメに決まってるだろ」
「アレクさんは魔法使えないじゃないですか」
「意外と言うな。でもそんなのは関係ない。ただ単に楽しくないだろ」
スフィアは口元を抑えて静かに笑う。それにつられてかシズクも笑い出す。
「はぁ、相変わらず馬鹿だな貴様は」
「冗談だろ。俺だってそこまで馬鹿じゃないわ。キャラづくりを徹底したらこうなっただけだ」
「そこまで言うのならスフィアの質問に真面目に答えてみろ」
「いいぜ。この狭い通路で強力な魔法を使えば俺たちも巻き込まれかねないし、魔法でもし倒せなかったときにこちらの視界を遮る要因になりうるからだな。ま、一番の理由はあの魔獣の魔法耐性が未知数なところだ」
「わかってるじゃないか。他のダンジョンの魔獣と違い弱点属性が不明だし、どんな攻撃をしてくるかもわからない。もしあいつが強力な遠距離攻撃を持っていたら、我々はいっきに劣勢になるからな」
「なるほどです。だから初撃はアレクさんの物理攻撃をするんですね」
「まあ、それも賭けではあるがな。物理耐性が高ければ意味のないことだからな」
「こっちは態勢を整えた状態で始められるから、最善の策だと僕は思うよ」
そんな会話をしていると目の前には3つの首を持った犬型の巨獣の後ろ姿が現れていた。黒くつやのある毛並みに隆起した筋肉、全員が固唾を飲み武器を構える。
「じゃあ、始めるぞ」
アレクは後ろに控える仲間達とアイコンタクトをし大剣を握りしめる。
地面がひび割れるほど脚に力を込めて、斜め前方へ飛び上がる。空中で大剣を抜き両手で握り、上段に構える。
(どこを狙う。首か?いやでもどの首狙えばいいんだよ。よし、真ん中だ!)
その迷いのせいか、はたまた誘い込まれていたのか、大剣が魔獣の首に触れる寸前にアレクは吹き飛ばされる。みんながそれに気づいたのは魔獣の6つの目がこちらを向いた時だった。それほど一瞬での出来事であった。
「え、今何が起きたの?」
「マジかよ」
「おい、うろたえるな。想定の範囲内だろ」
「そんなこと言っても、勝てる気しないんですけど」
「アルシャさん!」
スフィアが叫ぶと同時にアルシャは魔獣の突進をくらい通路の後方に吹き飛ばされる。シズクはその2度目の衝撃で正気を取り戻し、腰から札を取り出す。
「防御結界展開!」
5枚の札がシズクの前に展開され、見えない壁を形成する。魔獣の頭の一つがその壁に頭突きを繰り出す。シズクは両腕を前方に伸ばし、力をこめる。シズクの華奢な身体が地面にめり込む音がする。うめき声をあげながらシズクは耐えている。
「シズク!オレの音でバフをかけてやるから耐えろ!」
カイルはそう言うとハープの演奏を始める。通路にはハープからはならないような力強い音が鳴り響く。
「いいじゃん、なんかやれる気がしてきたよ!」
シズクは叫びながら魔獣の押し込みに抵抗する。
「あ、やっぱり無理かも」
「おい、あきらめんなよ」
「いや、ほんとに無理なんだって。僕のこの結界は瞬間的火力になら耐えれるけどこういう持続的なのは苦手なの!」
シズクが腕を伸ばしている先の空中に亀裂のようなものが入り始める。
「もうもたないよ!」
パリン!という甲高い音とともに5枚の札は宙を舞う。魔獣の口が開き、巨大で鋭い牙がシズクに迫る。シズクは瞬時に後方へステップし回避を試みるが、魔獣の首は伸びきっておらず、追撃してくる。
寸でのところで上空から何かが降ってきて魔獣の真ん中の頭を地面にたたきつける。
「アレク!」
シズクは震えた声で叫ぶ。それは助けてもらったから名前を呼んだのではなく、左右から魔獣の2つの頭が迫ってきていたからである。だがアレクは魔獣の頭を踏みつけたまま前傾姿勢になりシズクの方へと飛んで行く。空中移動をしながらシズクの腕をつかみスフィアたちの方へと投げ飛ばす。
「シズク!うまく受け身とれ!」
そう言われたシズクは受け身を取り、すぐに立ち上がり前方を見る。魔獣の左右の顔はアレクのすぐそばまで迫っており、また最初に踏みつけにした真ん中の首も起き上がり始めている。
「アレク!」「アレクさん!」
シズクとスフィアが叫ぶと同時に右の顔には雷撃が左の顔には斬撃が直撃する。ジールとカイルである。左右の頭は一瞬ひるんで見せた。真ん中の頭が起き上がり、アレクに狙いを定める。だがその刹那にアレクは魔獣のあごの真下に潜り込む。アレクはドスの効いた叫び声とともに強力なパンチを魔獣へお見舞いする。
魔獣は真ん中の頭に引っ張られて前足まで宙に浮く。その無防備になった腹目掛けて空中で身を翻し、回転力を使い蹴りを入れる。魔獣は吹き飛び、アレクたちが降りてきた階段にたたきつけられる。「くぅん」という少しかわいらしい声が響き渡る。
「今のうちに態勢を立て直すぞ」
ジールが号令をかけるとアレクを先頭に部屋の中へと走っていく。
「アレク、剣はどうしたんだ?」
「ああ、それならあそこだ」
アレクが指さす方には大剣が落ちているがその少し上の壁にはクレーターができていた。
「なんでお前無傷なんだよ」
「いや、結構痛かったぞ。勘違いしてるみたいだが、あれは俺が踏み込んだ跡だからな」
「え?」
カイルは一瞬混乱するがすぐに受け入れる。
「じゃあ、第二ラウンドと行こうぜ。わんころ」
アレクは大剣を拾い構えなおす。魔獣も起き上があり、臨戦態勢に入りなおしている。
「あの、アルシャさんは大丈夫なんでしょうか」
「あんな性悪女のことは今は気にしても意味ないし、勝手にするだろ」
「カイルさん冷たくないですか。死んじゃってるかもしれないのに」
「黙って集中しとけ」
カイルはアルシャを心配するスフィアを軽くあしらう。
魔獣が雄叫びをあげて突進を始めると同時にカイルは演奏を始める。
「オレがお前に身体強化をかけてやるから暴れてこい」
「おう!」
アレクは笑みを浮かべながら魔獣に正面から突っ込んでいく。ジールは呪文の詠唱を始めており、ジールの周りには巨大な光の槍が何本も形成されていく。シズクはアレクが魔獣と衝突し動きが止まった瞬間に巨大な身体に札を飛ばしてくっつけていく。
魔獣は前脚や3つの頭を駆使してアレクへと猛攻を続ける。アレクは攻撃をくらいながらも態勢は乱れず、大剣で切りつけたり、脚で蹴りをくらわしている。
「このままじゃアレクがもたねえぞ。ジールまだできないのか」
ジールはカイルを一瞥し睨みつけ、詠唱を続ける。
アレクが魔獣から右太ももに一撃を食らうと態勢を崩し膝をつく。
「縛!」
シズクは顔の前で両手の人差し指と親指をくっつけてその中に魔獣を捕らえながら叫ぶ。すると魔獣の動きが止まる。グルルゥとうめき声をあげながらシズクを睨みつけている。
「アレクさん!治療します!」
スフィアは後方から杖を天に掲げながら回復の魔法を使用する。杖の先から光り輝く花弁がアレクに向かっていく。アレクの身体を花弁が包むと身体の傷の再生が始まる。
シズクから見ると死角に入っていた右側の頭が動き出しアレクを食らおうとする。
「誰か!アレクさんを守って!」
しかし、カイルは右の頭とは対極におり、アレクが障害となり魔法を放つことはできない。そしてジールもまた魔法の詠唱の途中である。
「ジールさん!魔法はまだ完成しないの」
ジールは苦虫を嚙み潰したような顔をし、頷く。
「安心しろ、スフィア」
カイルはそう言って、一度鼻を鳴らすとハープの演奏を始める。
「神速の加護だ!存分に使え!」
「あら、カイルにはアタシが見えてるのかしら」
次の瞬間、右の首が天井に向かって突き上げられる。そしてさっきまでは何もなかった場所からアルシャの姿が現れる。
「女のヒミツを暴くなんて意外とやり手なのね、アナタ」
「冗談言ってる場合か」
「アルシャさん!頭から血が!」
「いいのよ、心配しないで、これでこのワンちゃんを大人しくさせるから。アタシを寝かした分、寝かしつけてやるんだから」
そういうとアルシャは自分の血を武器につけて右の頭の鼻へとつきたてる。同じ要領で真ん中、左と剣を突き立てる。すると魔獣の左右の首はぐったりと地面へとうなだれる。真ん中の頭は半目にはなっているが完全に眠ってはいない。
「シズクが抑え込んでくれてなきゃここまでうまくいかなかったかも」
「貴様ら、そこから離れろ!」
ジールがそう叫ぶ。アレクの傷はすっかりと癒え、判断をすぐに下す。よろけているアルシャをアレクは抱っこし、シズクの方へ走っていく。
「あらやだ、惚れちゃいそう」
アルシャは微笑みながら言う。
次の瞬間、ジールから無数の巨大な光の槍が魔獣目掛けて飛んでいく。
「破!」
シズクは槍が着弾する寸前に叫びながら両腕を横へ広げる。すると、魔獣の身体についていた札が爆発し、剛毛を破壊する。そして光の槍は魔獣の肌へと直接突き刺さる。槍が直撃するたびに部屋に光が満ちていく。
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