第40話:書かれなかった契約

――Libra / てんびん座


契約とは、約束ではない。

**理解しないまま、成立していた“関係性”**がある。

その書かれていない条文に、人類はいつから縛られていたのか。


***


てんびん座宙域、局地重力場のバランス点――通称「中間軸」には、“契約の碑”と呼ばれる構造体が浮かんでいた。

高さ13メートル、幅13メートル。完全に対称な二面の石板。

しかし、表面には何も記されていなかった。


全調査隊が最初に驚いたのは、あらゆる計測機器が「この構造体と関係を結ぼうとする」ことだった。

自律AI、通信システム、乗員の生体センサーすらも、自発的に「接続を申請」していた。


だが、碑は何も返さなかった。


***


調査主任サイード・ナミールはこう語る。


> 「おそらくこれは、“読む”ものではない。

これは、関係することで効力を発揮する契約なんだ」




> 「我々がここに来たこと自体が、すでに片側の署名だったのかもしれない」




解析ログには、接触後のAIが出力した異常プロトコルが残る。


> 【LIBRA-PROT.Δ13】

条項数:未定義

対象:関係者全体

記名:未書面性同意確認済み

補助コード:M:N:13




つまり、この契約は存在するが、書かれていない。

結ばれているが、読まれていない。


***


碑の周囲では、周期的に重力バランスが“微小に傾く”現象が観測された。

その傾きは13回ごとの観測サイクルで元に戻る。

まるで――誰かが秤に何かを載せ、下ろしているかのように。


「契約に応じることで、我々の何かが計られている」

そう言ったのは副官のレイナ・ソリスだった。


> 「秤は言葉ではなく、“結果”で答える。

書かれていないからこそ、**本当に守られているかどうかが問われる」




彼女はその夜、こう書き残した。


> 「この碑の前では、正しいか否かではなく、“重いか軽いか”が判断される」

「我々は、測られている」




***


“契約の碑”は今も中間軸に静止し、誰にも語ることなく、ただそこにある。

だが調査終了後、関係者の記録デバイスには、一様に“記名済”のサインが刻まれていた。


誰も記入していない。

誰も署名していない。

だが、そのすべてが、“契約された”という事実だけを証明していた。


> #Libra

#UnwrittenContract

#SilentBalance

#13thClause




***


“契約”とは言葉ではなく、

その場に立ち会ってしまったこと自体かもしれない。


読むことができない代わりに、

守らなければならない“契約”が、宇宙には確かに存在していた。


――

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