第39話:沈黙域には声が満ちていた

――Sextans / ろくぶんぎ座


“聞こえない”ことと“音がない”ことは、同じではない。

沈黙とは、言葉が存在しないのではなく、あまりに多くの声が折り重なった結果かもしれない。


その宙域は、そう呼ばれていた――

《沈黙域(ザ・クワイエット)》。


***


ろくぶんぎ座宙域、座標SXT-Δ13に存在する半径1光年の空間。

星間放射ゼロ。重力波ゼロ。人工通信も途絶。

その領域に入った観測衛星は、すべて通信を遮断され、記録も消失する。


「完全なる無」とされたその宙域に、ただ一機の探査船ソーン13が投下された。


全ての通信が遮断される中、船体から帰還した唯一のデータがあった。

それは**音声でも映像でもなく、観測員の“内的記憶データ”**だった。


そこには、こう記されていた。


> 「音がなかった。でも――声があった」

「誰の声かは分からない。けれど、あれは確かに“何かの集合的意識”だった」

「多すぎる声が重なって、相殺し、沈黙として響いていた」




***


音響認識AI《レイ・セクタ13》は、帰還した断片的な電磁ノイズを再構成した。

結果、無音の中に13個の周波数分離点が存在し、そこからわずかに言語パターンが検出された。


その言語は未分類だったが、意味解析の結果、次のような構造が浮かび上がった。


発話者:不特定多数


意図:非同期的記憶伝達


形式:忘却を共有するための“重ね声”



研究者はそれを「重奏記憶波」と呼んだ。


***


調査員ミナ・カステロは、調査後の精神検査で奇妙な夢を見たという。

夢の中で、彼女は空っぽの空間で耳を澄まし、こうつぶやいた。


> 「声がある。数えきれないほどの“思い残し”がここにある」

「この沈黙は、聞いてもらえなかった者たちの墓標だ」




目覚めた彼女の手には、誰も渡していない通信ログが残っていた。


> 【SEXTANS / Δ13】

沈黙指数:∞

波形分類:Resonant Void

補助コード:M:N:13




そして、その末尾には一行の不明な詩句が記されていた。


> 「わたしたちは語れなかった。だから沈黙に名を与えた」




> #Sextans

#ResonantSilence

#EchoTomb

#13thVoice




***


現在も、沈黙域への再侵入は禁じられている。

ただ一つ、外縁観測施設の職員が語った話が残っている。


> 「時々、あそこから微かに何かが聞こえる。

聞こえるはずがないと知りながら、確かに心に響いてくる声がある」




それは誰のものなのか。

過去か、未来か、あるいは存在しなかったはずの何かか。


沈黙の中にしか届かない声が、

いまも静かに、宇宙を満たしている。


――

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