第38話:光はすべてを証明しなかった」

――Pyxis / コンパス座


“光は真実を照らす”と、誰が決めたのだろうか。

明るく照らされたその場所にこそ――

隠されたものが、息を潜めていることがある。


***


《光定位観測局P-13》は、星間航行のための“光のコンパス”を保有していた。

それは、数百の恒星を参照点とする極微弱重力レンズを利用した指標。

どの宙域にあっても、基準点へ向けた最短の軌道を“光の反射パターン”で示す。


正確無比。完全無音。誤差ゼロ。

それは航行者たちにとって“宇宙の羅針盤”だった。


だがある日、P-13が示した方向が、存在しない星へ向かっていた。


***


参照データを照合しても、その星は記録されていなかった。

スペクトル、位置、距離、すべてが“空白の座標”。


しかし、光のコンパスは確信を持ってそこを“指し続けていた”。


調査チームはその座標へ小型探査機を送り込む。

すると――そこには、何もなかった。


何もない、という記録さえ残らなかった。

探査機の記録ログは消失。

時間の記録も、空間のログも、“送られたという事実”すら消えていた。


***


技術監査官セリカ・ユーンは報告書にこう記す。


> 「光は正しかった。だが、指し示したのは“証明できない場所”だった」

「コンパスは“意味”ではなく、“構造”を指す。

つまり、そこには“意味の外側の構造”が存在した」




> 「光とは、知覚できる真実の形だと思っていた。

だが、もしかすると光は――

“見せたいものだけを選び、他を切り捨てている”のかもしれない」




***


この事象は《偏光漂流》と命名された。

“光”という道具が、自らの限界を超えてしまった現象。


調査中、光のコンパスは周期的に方向を変化させ、

13回目の偏差で“最初の位置”に戻った。


それはまるで、**何もなかった場所に何かが“いた”**ことを

誰にも知られないように、“指し示したフリ”をしていたかのようだった。


解析ログには次の符号が記録されている。


> 【PYXIS-Δ13】

指標変化回数:13

検出対象:Null

光強度変調:意図的

補助コード:M:N:13




そして誰かの手で書かれた短い一文。


> 「照らすことで隠す。

指すことで、見失わせる。

光はいつも正しく、だからこそ、すべてを証明しない」




> #Pyxis

#LightBlindness

#FalseCompass

#13thSignal




***


今も光のコンパスは、静かに星の方角を指し続けている。

その指先に“何があるのか”を、誰も知らないまま。


だが、それを信じて進んだ者たちは皆、どこかへ辿り着いていた。


“存在しない星”ではなく、

自らが忘れた真実の、最果てへと。


――

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