第37話:黒い記録帯は語らなかった

――Antlia / ポンプ座


語られないものの中に、すべてが記されていることがある。

言葉ではなく、沈黙によって。

記録とは、語ることよりも――語らなかったことの連なりかもしれない。


***


無人探査船エラトβ13が、観測宙域で回収したのは、全長13メートルの黒い帯状構造物だった。

材質は不明。

表面は均一な反射率を持ち、スキャンに反応しない。


調査機関はそれを《Black Memory Tape》と仮称した。

だが、問題はその記録内容ではなかった。


――それは、何も語らなかった。


音声も、映像も、振動も、放射も――一切ない。

にもかかわらず、観測した者たちは皆、何かを“受け取った”と感じるのだった。


***


技術者ユーゴ・バルネスは、自らの実験記録にこう記している。


> 「あれは、私に語ったわけではない。

だが私は“理解してしまった”。なぜか。どこかで、それを知っていた気がする」




> 「テープに刻まれたものは情報ではなく、“共鳴”だ」

「私は、あれに触れたとき、自分の記憶が書き換わっていたことに気づかなかった」




> 「それは言葉ではなく、認識の“姿勢”を変えるものだった」




***


《Black Memory Tape》には周期的な変動がある。

13時間ごとにわずかに帯の“長さ”が変わるのだ。

だが、質量は一定。


つまりそれは、**“何かを吐き出し、何かを取り込んでいる”**のだった。


吐き出すのは記録ではない。

記録するのも記憶ではない。


ただ、“誰かの理解”そのものを帯が吸い込み、そして再構成して返している。


通信技術者ヴァレリアはこう仮説する。


> 「これは通信装置ではない。認識変換装置だ」

「対象が“受け取った”と錯覚するタイミングに合わせて、意味のないものを送り出している」

「それによって、**“思い出すべきもの”を想起させる」




***


13人目の観測者がテープに接触したとき、装置全体が“呼吸”するように微かに膨張した。

全システムに通信障害が発生し、記録装置は自動で次の行を出力した。


> 【ANTLIA—Δ13記録帯】

言語:無記録

通信:無反応

誘導:共鳴記憶波

補助コード:M:N:13




併せて、誰かが記録していた走り書きが残る。


> 「語らないものだけが、真実を抱いていることがある」

「言葉にされなかった想いが、私の中で膨らんでいる」

「これは、“泣かなかった者たちの黒帯”だ」




> #Antlia

#SilentData

#BlackTape

#13thPulse




***


この黒帯は、今も観測衛星の保管庫にある。

解析不能のまま、ただ定期的に“何か”を吸収し続けている。


語ることのないその姿は、まるで宇宙の記憶そのもののようだった。

記録されなかった歴史。語られなかった祈り。泣かれなかった死。


そのすべてが、今この帯の中で静かに存在している。


――

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