第36話:時を崩した記念碑
――Sculptor / ちょうこくしつ座
記念とは、忘れたくない“何か”を刻むために造られる。
だがそれが“刻まれる前の時間”を壊していたとしたら。
――記録することそのものが、過去を崩していくとしたら。
***
大地を削り出して造られた高さ70メートルの石造構造。
だが、周辺には文明の痕跡がまったくない。
碑文なし。
装飾なし。
ただ一枚の平面に、時折“ひび”が入る。
だが、そのひび割れは毎回異なる方向と形状をとる。
構造強度も環境要因も一切変わらないのに、毎朝、碑面が“別の割れ方”をしているのだった。
調査チームは、碑面に設置したセンサから奇妙な信号を受信する。
それは、時間軸そのものの“揺らぎ”だった。
記念碑の中では、時間が毎秒ごとに組み替えられている。
***
研究主任アマリア・クロフトは、碑面をスキャンし続ける中である構造的法則に気づく。
ひび割れのパターンが13周期ごとに“過去の断片”を再現していることに。
例えば、
第13周期では、2時間前に話されたはずの音声が“先に”響いた。
第26周期では、作業員が一度も訪れたことのない位置に“足跡の痕”が現れた。
アマリアはこう記す。
> 「この記念碑は、過去を保存しているのではなく、過去そのものを彫刻しているのではないか」
「時間を彫る。刻むのではなく、削ることで浮かび上がらせている」
> 「私たちは記憶によって時間を守っていると思っていた。
だがこの構造は、記録によって“時間を破壊”している」
***
碑面の下層から発見された構造解析記録には、こう記されていた。
> 【記念体:SCULPTOR_Δ13】
構造:時間断層彫刻式
周期:13回変位→1断面復元
中核:Null(中身なし)
補助記録:M:N:13
また、調査中に誰かが無意識に描いたメモが残されていた。
> 「彫られた記憶は、存在しなかった時間のかけらだった」
「私たちは、未来を想うことで過去を捨てているのかもしれない」
> #Sculptor
#TimeChisel
#MonumentToForgetting
#13thCycle
***
その記念碑はいまも崩れては、別の形で再構成されている。
過去を固定する代わりに、過去を失い続けることで成立する記録装置。
時間とは連続ではなく、“彫られたもの”だったのかもしれない。
そして誰かがその彫刻を見つけたとき――
すでに“時間そのもの”が削られていたことに、気づくだろう。
> 記憶は残らない。ただ、“削られた跡”だけが、そこにある。
――
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