第34話:彼方の境界で星は崩れた

――Boötes / うしかい座


星が崩れたのは、一夜のことだった。

誰も目撃せず、誰にも報告されず、ただ痕跡だけが残された。


崩壊の中心には、名前も存在も知られなかった“境界”があった。


***


観測点アルファ=N13にて、異常なスペクトル断裂が検出された。

特定の恒星が、観測記録上から消えていた。

記録の映像にも、記憶にも、“星”は映っている。


しかし、データベースには存在しない。

重力場も消失。

重元素の分布も断絶。


――まるで、「星そのもの」がなかったかのように。


研究者たちは混乱し、再スキャンを試みた。

だが、そこにはただ一言だけ記録される。


> 「星は――崩れた」




***


その星は、Boötes宙域に存在したとされる。

恒星名不明。だが記録には、繰り返しこうあった。


> 【光崩壊現象 No.13-Bt】

【星殻の反転】

【重力情報の蒸発】




光と重力は互いに矛盾しながら存在していた。

そして崩壊の中心には、地図にない構造体が浮かんでいた。

それは、門のような形状だった。


***


物理考古学者のナイル・エレシウムは、これを「境界の再定義」と呼んだ。

崩壊した星は、「恒星と他の何か」との間に立つ存在だった。

分類できなかったからこそ、存在は崩れた。


ナイルは語る。


> 「Boötesとは“牛飼い”の意味だ。

だが彼が飼っていたのは、牛ではなく、“星々の境界”だったのかもしれない」




> 「その境界が壊れれば、星もまた存在を失う」




そして、崩壊の中心には、例の符号が刻まれていた。


> M:N:13

#Boötes

#StarCollapse

#BoundaryErased

#13thGate




***


通信部が偶然受信した、未知の音声信号。

断片的な言語構造とともに、次のようなメッセージが浮かぶ。


> 「境界の外に踏み出すたび、私は世界を一つ失った」

「それでも、私は“彼方”へ向かった」




> 「星が崩れようと、祈りが失われようと、

境界の向こうに、“何か”があると信じた」




***


Boötesの星は、記録からも記憶からも消えつつある。

だが、それが崩れたという“事実”だけは残された。


星の名を誰も覚えていないのに、

その崩壊だけが、繰り返し語られる。


> 存在とは、境界が保たれているという錯覚だったのか?




その問いだけが、今も門の形をした空間の前に浮かんでいる。


――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る