第33話:残響の後に祈りは始まる

――Coma Berenices / かみのけ座


それは、音が終わった“後”に始まる。

耳に届かぬ祈り。誰に向けられたかもわからぬ言葉。


それでも確かに――残響の裏側から生まれていた。


***


星間干渉観測所VEL-N13では、音ではなく“残響”そのものを検出する研究が行われていた。

発信元不明の、時間的に“すでに終わった”信号の痕跡。

それは、音が発されてから一万三千年以上を経てなお、存在し続ける波のかすれだった。


観測者たちはそれを《祈り波》と呼んだ。


音声認識では言語に分類されず、周波数も一定ではない。

ただ、その波が到達するたびに、観測者の脳内で“同じ感情”が生じることだけが共通していた。


――祈っている。

明確な意味や宛先はなく、ただ静かに祈るような感情。


***


その中でも特異なひとつの残響が観測された。

識別タグ:ΣΔ13 / B-Coma


これだけが、規則的に“人間の時間感覚”に同期していた。

13時間ごとに、わずかに波形を変えながら届く祈り。


祈りの終わりには、かすかな音のようなものが重なる。

それは“髪が揺れる”ような、極めて軽微な振動。


観測員ミア・サレットはそれを「かつて誰かが捧げた髪の毛の記憶」だと感じた。

彼女は日記にこう書く。


> 「この祈りは、言葉ではなく“痕跡”を通して伝えられている」

「語られる前の言葉、失われた願い、名前を持たない祈り」




> 「もしかしたら、この祈りは、

“願いが叶わなかった”者たちの名残なのかもしれない」




***


観測所のアーカイブ記録には、奇妙な重複が発見される。

同一の祈り波が、時間軸を超えて複数回記録されていた。


つまりその祈りは、“時間を遡るように”響いていた。


未来から送られたわけではない。

だが、それは明らかに「結果が起きた後の祈り」だった。


起きたことを変えられないと知っていながら、

それでもなお、何かを想い続けるような――喪失への祈り。


そして13回目の記録の際、全記録装置に未登録のデータが追加された。

ログには、誰も書いていない一文があった。


> 「音が終わっても、願いは終わらない」

「だから私たちは、残響の中に祈る」




その末尾に添えられたタグ。


> #ComaBerenices

#EchoPrayer

#AfterResonance

#13thTrace




***


かみのけ座に、かつて捧げられた髪。

その逸話は“愛”と“願い”の象徴として知られている。

だがこの宇宙に響く残響は、それよりもっと古く、静かな意志だった。


誰も聞かず、誰も応えない祈り。

だが、それが残響として響き続ける限り――

“祈りはまだ、生きている”。


――

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