第32話:境界なき標本

――Serpens / へび座


それは一つに見えた。

だが観測者ごとに異なる形を持ち、定義できなかった。


“それ”は標本でありながら、誰にも分類されない存在だった。


***


惑星ゼータ・ヘルミオンでは、かつての生態系を再現するための標本保管施設が残されていた。

だが、その中央に安置されていた唯一の標本は、どの分類にも属さなかった。


形状は流動的。

組織構造は非有機・非無機の混在。

スキャン結果は毎回異なり、再現が不可能。


記録には“仮名”として、こう書かれていた。


> 【Specimen S】

属性:無分類

境界状態:変動中

意識残存:不明




この標本は、“誰が観測しても変化する”。

研究者によって「植物」とされ、「昆虫」とされ、「演算装置」とされ、

最終的には「記憶の抜け殻」と定義された。


***


この標本に触れた者は、皆同じ言葉を口にする。


> 「これは、知っている気がする」




だが誰も、それが“何だったか”を語れない。


研究員アレンは、接触後にこう記す。


> 「私の記憶の中に、これと“同じ匂い”を持つ何かがいる」

「でも、思い出せない。

私が“それだったのか”、それが“私だったのか”さえも」




標本Sは、構造解析中に13回、形状を“しようとする”動きを見せた。

だが、いずれも“完成”する前に崩壊する。


形成されかけた構造体には、ある共通点があった。


すべて、“境界線”を持たない。


手足と胴の境が曖昧。

内部と外部の区別が曖昧。

自己と他者の境が、まるでない。


それは、定義されることを拒み、

分類されることによって“死ぬ”ことを恐れているかのようだった。


***


最終報告書にはこう記される。


> 【Specimen S - Serpens Classification】

観測回数:13

境界確定数:0

影響:記憶同期、構造不定化、認識滑走

補助記録:M:N:13




そして記録の最下部、誰かが残した走り書き。


> 「それは蛇に似ていた。だが、尾はなかった」

「始まりも終わりも曖昧なまま、

それは“見られること”によって変化し続けていた」




***


後日、施設の全ログが不正アクセスにより抹消された。

ただ一点、バックアップサーバにのみファイル名が残る。


> 「Echo_Specimen13_Unclassifiable」




そのファイルは開けなかったが、

開こうとした者たちは皆、同じ夢を見る。


> “蛇の抜け殻”が、記憶の中で蠢いている夢。




> #Serpens

#Unclassifiable

#EchoOfFormlessness

#13thStandard




それは、分類されなかったが、存在したもの。

その名は与えられなかったが、確かに“標本”だった。


――

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