第31話:名を持たぬ証明

――Equuleus / こうま座


それが“在った”という証拠はある。

だが、それに名前を与えた者はいない。


この話は、“名を持たぬもの”が残した、存在だけの証明についての記録である。


***


惑星デルタ・エクスは、あらゆる観測手段に対して“存在している”が、名称データが失われていた。

恒星地図には座標だけが浮かび、名称欄には「空欄(Null)」。


それは事故や損傷ではなく、“意図的な削除”のように見えた。

この惑星に接近した探査船スレイプニル4号のAI航法装置は、宙域に接近するごとに、星名を忘れるように書き換えられた。


ログにはこう記されていた。


> 「目標天体名:記憶不能。構文照合不可。

存在は確認。しかし呼称不明。

→同義語候補:Nothing / Child / 13」




***


船内のエンジニア、カオリ・リーヴェは、記録装置から断片的な文字列を抽出することに成功する。

そこには、命名規則に逆らうような構文が並んでいた。


> 「命名は束縛。未名は自由」

「私は馬ではない。だが、誰かがそう見た」




> 「13回、名を呼ばれなかった者は、名前を得る資格を喪う」




カオリは思考した。

“こうま”――それは、大きなものに寄り添い、名を与えられることなく扱われる“小さきもの”の象徴ではなかったか?


その直後、彼女は幻視を経験する。

星の地表に立つ、影のような存在。

馬にも人にも見える“なにか”が、無言のままこちらを見つめている。


カオリが問いかける。


> 「あなたの名は?」




すると、返ってきた言葉は――沈黙。

だが、その場に名が存在しないこと自体が、“それ”の存在を証明していた。


***


帰還後、スレイプニル4号は惑星の名称フィールドに自動記録を加えていた。

それは“定義不能”という一語。


中央データベースに同期されたその記録には、誰も入力していない一文が加えられていた。


> 「名を得ずして、在ることの証明」

「私は、呼ばれなかったという理由で在った」




同時に、自動タグが付与される。


> #Equuleus

#NamelessProof

#EchoUnspoken

#13thName




***


“名”は、存在を安定させる。

だが宇宙には、“名を呼ばれないこと”によってのみ存在する者がいる。

彼らは名付けを拒否し、ただ“在ったという痕跡”だけを残す。


その痕跡が、誰かに見つかるたびに――

世界は、“名を持たないもの”によって再び問い直される。


> 在る。だが、呼べない。




――

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