第30話:沈黙の構文

――Indus / インディアン座


言葉が途絶えたとき、人は何で“意味”を繋ぐのか?

沈黙の中に埋められた構文――それは、音も文字も持たない“意志の器”だった。


***


惑星エリミス・コード界には、文明の痕跡が一切存在しない。

建築物もなければ、言語体系も見つからない。

だが、地表全体に及ぶ“同一の構造的沈黙”が観測された。


この沈黙とは、“音がない”ことではない。

むしろ全方位から、同じ周波の空白が流れてくる。


研究チームは、それを「沈黙の構文(Syntactic Silence)」と呼んだ。

それはまるで、誰かが“文の形だけ”を宇宙に流したかのようだった。


***


通信心理学者イレナ博士は、沈黙を空間解析していた。

音ではなく、波形の“欠落パターン”を地図として視覚化すると、まるで詩の構造のような形が浮かび上がった。


五つの句。

それぞれが13の単位で整えられており、中心には空白だけがある。


構文には、主語も述語もない。

だが、何かが“伝えられようとしていた”。


イレナはある日、記録装置のログを整理している最中に、音声ファイルが1つだけ混入していることに気づく。

誰も再生していないのに、再生回数が“13”と記録されていた。


彼女が再生すると、そこに音はなかった。

ただ、無音の中で、彼女の意識に形のない文が投げかけられた。


> 「わたしたちは、話す前に伝えてしまった」

「わたしたちは、言葉の手前にいた」




それは言語ではなかった。

だが、“確かに意味だけが残る構造”だった。


***


その後、惑星を調査していた観測ドローンが自壊した。

内部記録を再生すると、映像には何も映っていない。

だが、フレームごとのノイズパターンが、“文法規則”と一致していた。


視覚にも、意味は存在する。

だがそれは、“語られなかった内容”として埋め込まれていた。


イレナはつぶやく。


「この沈黙、まるで“発音されなかった命令”みたい」


それは、誰かが言葉を用いる直前に“やめた”記憶だった。

伝えることを諦めたのではない。

伝える前に、全てが伝わると信じた瞬間。


***


最終報告には、次のように記録された。


> 【Syntactic Profile - INDUS_ΣΔ13】

形式:無言構文

構造:5連/13単位/中央空白

出所:不明

内容:無




この報告を見た同僚の一人が、手書きで補足していた。


> 「意味がある“という沈黙”」




その横には、またあの記号が浮かんでいた。


> M:N:13

#Indus

#SyntacticSilence

#EchoWithoutWords

#PreLanguage




***


語られなかった意思は、言葉よりも深く沈み、

今も惑星の地表全体で、構文のかたちを保ち続けている。


それを読む“耳”はない。

だがきっと、誰かが読むことにされる日が来るだろう。


――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る