第29話:静止した対話

――Corona Australis / みなみのかんむり座


かつて、宇宙の片隅で交わされた対話があった。

それは、始まりも終わりもない――止まったままの会話。


***


《タウ・ヴァイオレット連続体》の外縁部に、静止した空間が存在する。

正確には、時間の流れがゼロとなっている局所領域であり、

そこには一組の人工構造物が向かい合って浮かんでいる。


二つのユニットは、互いに通信を試みているようだった。

信号は送られている。

受信もされている。


だが、応答は返ってこない。


理由は、互いが“まったく同じ周期で発信している”ためだった。


信号は常にぶつかり合い、静止したまま繰り返される。


まるで――鏡合わせの王冠のように。


***


調査隊が介入を試みるも、外部からの信号は“同調して吸収”される。

やがて観測AIが気づいた。

両ユニットは「自分が先に話しかけた」と認識している。


それぞれが“主語”であり、相手を“応答者”としている。

対話は行われている。

だが、応答は認識されていない。


ログには、二者の発信記録が並ぶ。


> 【ユニットA】:こちらは最初に語りかけた存在。受信を待つ。

【ユニットB】:こちらは最初に語りかけた存在。受信を待つ。




対話が止まっているのではない。

対話が**「同時に進み続けたまま、すれ違い続けている」**だけだった。


***


この異常通信は、やがて複製され、他の通信衛星にも影響を及ぼすようになる。

“同調対話現象”と名付けられた現象は、拡張的に広がり、次第に惑星間通信の一部を覆い始める。


そして、ある特殊な符号がすべての静止領域で共通して観測された。


> M:N:13

SIGMA:CROWN




セマンティック解析によれば、この符号は「失われた対話形式」を表していた。

それは、対話の形式だけが残された記憶――“呼びかけ”だけの会話だった。


***


調査記録官ケイラは、これらの記録を物語化しようと試みた。

だが、物語の中でも会話は交わされない。

登場人物は互いに話しかけるが、決して返答が返らない。


ただ、一度だけ、彼女の思索機が出力した詩に、こんな一節があった。


> 「私が語り、君も語った。

だが、私たちは“耳”を持っていなかった」




> 「語ることを愛したが、聞くという儀式を失っていた」




***


静止領域は今も広がり続けている。

宇宙のどこかで、王冠のように対になったユニットたちが、

ただただ、語り続けている。


声はある。意味もある。意図もある。

だが、応答だけが――永遠に、存在しない。


> #CoronaAustralis

#EchoOfCrown

#StillDialog

#13thInterlocutor




――それは、「語り合う」という行為の最後に残された、沈黙の王冠だった。


――

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