第28話:書かれたが読まれなかった手紙
――Sagitta / や座
それは放たれた矢のように、真っ直ぐで、儚かった。
ただ違ったのは――届いたのに、読まれなかったということだ。
***
エリダヌス宙域・観測中継ステーション《ECHO-ARC53》。
そこの通信記録庫に、211年前に送信されたまま未開封のメッセージパケットが発見された。
発信元:不明。宛先:全宙域公開。
再送信は一度もされず、返信もなかった。
パケット名は、《Artemis.SG13》。
データ構造は旧時代の言語圧縮式であり、復元には時間を要したが、ファイルの中身は一通の手紙だった。
ただし、手紙は“途中まで”しか書かれていなかった。
> 「あなたがこれを読むころ、私はもう――」
以降、空白。
文章の終わりに、奇妙な署名だけが残されていた。
> ――Sagitta、M:N:13
***
調査チームの一人、セリー・アントンは言った。
「これは“手紙”というより、祈りに近い」
彼女は手紙の言語構造に含まれた“意識素子パターン”を解析し始めた。
驚くべきことに、それは単なる文章ではなく、発信者の感情記録が重ね書きされていた。
怒り、恐怖、希望、後悔――
だが、それらは未整理のまま放たれていた。
まるで、手紙を書く途中で“発信者の存在”そのものが消えたかのように。
さらに解析を進めるうち、セリーの脳波に微細な影響が現れ始める。
彼女は夢の中で“誰か”の記憶を追体験するようになる。
***
夢の中。
誰かが、何かを失ったまま宇宙を漂っていた。
その者は、自らの存在が“射られた矢”であることを自覚していた。
> 「目的地のないまま放たれた意志は、誰かに届くだろうか」
「届いても、読まれないまま終わるのだとしたら、それでも“矢”なのだろうか」
夢の最後に、その者は自分の胸に紙片を押し込む。
そこにはただひとこと。
> 「君に、13の理由を綴ろうとした」
だが、ひとつめすら書かれていない。
***
セリーは、復元不可能だった後半部の空白データを、“詩的予測構文”で補完していった。
その中に浮かび上がった文字列は、既視感のある符号を含んでいた。
> ΣΔ13
EchoNotRead
ArtemisTrail
手紙は、読むべき人が現れるまで“待っていた”のかもしれない。
だが届いた今も、受け手は不明。
セリー自身がその矢を“読んだことにされた”のかどうかも、わからない。
***
ECHO-ARC53では、その後「宛先不明メッセージ群」が観測されるようになる。
すべての発信元は不定で、内容は未完の“手紙”ばかり。
誰も読むことができないが、全てに共通した構造があった。
語りかける口調。
欠けた結び。
そして、ひとつの矢を想起させる“直線的意志”。
> #Sagitta
#UnreadLetter
#ArtemisSG13
#EchoArrow
それは語られなかった“13通目”の手紙。
宇宙に放たれ、読まれることなく、それでも真っ直ぐに届こうとした。
――
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